いう事は次になり、ただ茫然たるばかり、面目なきながら深沢に話せば、これも仰天し、「実は伯父ご様の御文中にも若干の学資を持たせ遣したりとあれば、それを此方《こちら》へ御預かり申さんとは存ぜしが、金銭の事ゆえ思召す所を憚《はば》かりて黙止たりしが残念の事を仕《つかまつ》りたり」と言うに、いよいよ面目なくますます心は愚にかえりて我身も頼もしからず。今さら学資をスリ取られたとは在所へ言いもやられず、この上は塾僕学僕になりてもと奮発せしかど、さる口もなく空しくこの家に厄介となり、鼻紙の事まで深沢の世話になるようになれば、深沢は頓着せぬ様子なれど女房は胸に持ちて居ずもがなの気色見えたり。余も心退けて安からねば「いかなる所にても自活の道を求めたし」と言えば、深沢も「折角我等を人がましく思いたまいて伯父ごより御添書ありしに学校へも入れ申さぬは不本意なれど、御覧の如くの体《てい》なれば何事も心に任せず、ここに新たに設けし活版所あり、しばらくこの職工となりたまいてはいかに、他の業ならねば少しは面白くも候わん」と勧むるに、この事は他の業よりは望む所に近ければただちに承知して活版職人となりぬ。
浅草諏訪町の
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