らえ》てここに居りたまえ」と頼もしく言われたり。この家は裏家なれど清く住なし何業とはなけれど豊げなり。後に聞けばその辺三四ヶ所の地所家作の差配《さはい》をなす者なりとぞ。予がこの家に宿して八日目の事なりき。桜時なり、三社の祭りなり、賑い言わん方なしといえば、携え来りし着替を出し、独り夕方より観音へ参詣し、夜に入り蕎麦店へ入りて京味を試み、ゆらりゆらりと立帰りしところ、裏のうち騒がしく「さても胆太き者どもかな」と口々に言う。何事かと聞けば隣長屋に明店《あきだな》ありしに突然|暮方《くれがた》二人の男来りてその家の建具類を持ち去る、大方《おおかた》家作主の雇いしものならんと人も疑わざりしを、深沢が見咎めて糺《ただ》せば詞《ことば》窮して担いかけし障子|襖《ふすま》を其所《そこ》へ捨て逃げ去りしなりというに、東京という所の凄《すさま》じさ、白昼といい人家稠密といい、人々見合う中にて人の物を掠め去らんとする者あり。肌へ着けたりとて油断ならずと懐中へ手を差し入れて彼の胴巻を探るに、悲しやある事なし。気絶して其所《そこ》に倒れんとするほどになり、二階に駆け上りて裸になりて改めれどなし。泣く悲しむと
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