しくは我が疑われたる投身の人か、我未ださる者を救いたる事なし、面白き事こそ起りたれと折しもかかる叢雲《むらくも》に月の光りのうすれたるを幸い、足音を忍びて近づきて見れば男ならで女なり。ますます思いせまる事ありて覚悟を極《きめ》しならんと身を潜まして窺うに、幾度か欄干へ手をかけて幾度か躊躇し、やがて下駄を脱ぎすつる様子に走り倚りて抱き留めたり。振り放さんと※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》くを力をきわめて欄干より引き放し、「まずまず待たれよ死ぬ事はいつでもなる」詞《ことば》せわしくなだむるところへ早足に巡査の来りてともに詞を添え、ともかくもと橋際の警察署へ連れ行く。仔細を問えど女は袖を顔にあてて忍び音に泣くばかりなり。予に一通り仔細を問われしゆえ、得意になりてその様子を語りたり。警官は詞を和らげて種々に諭されしに、女もようやく心を翻《ひるがえ》し涙を収めて予に一礼したるこの時始めて顔を見しが、思いの外に年若く十四五なれば、浮きたる筋の事にはあるまじと憐れさを催しぬ。「死なんと決心せし次第は」と問われて口|籠《ごも》り、「ただ母が違うより親子の間よからず、私のために父母
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