けらるゝは、当時《そのかみ》の源廷尉《げんていゐ》宛然《えんぜん》なり、予《よ》も肉《にく》動《うご》きて横川氏《よこかわし》と共《とも》に千島《ちしま》に行《ゆ》かばやとまで狂《くるひ》たり、舟《ふね》は大尉《たいゐ》萬歳《ばんざい》の歓呼《くわんこ》のうちに錨《いかり》を上《あ》げて、此帝都《このていと》を去りて絶海無人《ぜつかいむじん》の島《たう》をさして去りぬ、此《こ》の壮《さか》んなる様《さま》を目撃したる数萬《すうまん》の人、各々《めい/\》が思ふ事々《こと/″\》につき、いかに興奮感起《こうふんかんき》したる、ことに少壮《せうさう》の人の頭脳《づなう》には、此日《このひ》此地《このち》此有様《このありさま》永《なが》く描写《べうしや》し止《とゞ》まりて、後年《こうねん》いかなる大業《たいげふ》を作《な》す種子《たね》とやならん、予《よ》は集《つど》へる人を見て一種《いつしゆ》頼《たの》もしき心地《こゝち》も発《おこ》りたり、此一行《このいつかう》が此後《こののち》の消息《せうそく》、社員《しやゐん》横川氏《よこかはし》が通信に委《くは》しければ、読みて大尉《たいゐ》の壮行《さうかう》と予《われ》も共《とも》にするの感あり、其《そ》は此日《このひ》より後《のち》の事《こと》にして、予《よ》は此日《このひ》只一人《たゞひとり》嬉《うれ》しくて、ボンヤリとなり、社員にも辞《じ》せず、ブラ/\と面白《おもしろ》き空想を伴《つれ》にして堤《どて》を北頭《きたがしら》に膝栗毛《ひざくりげ》を歩《あゆ》ませながら、見送《みおく》り果《はて》てドヤ/\と帰る人々が大尉《たいゐ》の年《とし》は幾《いく》つならんの、何処《いづこ》の出生《しゆつしやう》ならんの、或《あるひ》は短艇《ボート》の事《こと》、千島《ちしま》の事抔《ことなど》噂《うはさ》しあへるを耳にしては、夫《それ》は斯《か》く彼《あれ》は此《かう》と話して聞《きか》せたく鼻はうごめきぬ、予《よ》は洋杖《ステツキ》にて足を突《つ》かれし其人《そのひと》にまで、此方《こなた》より笑《ゑみ》を作りて会釈《ゑしやく》したり、予《よ》は何処《いづく》とさして歩《あゆ》みたるにあらず、足《あし》のとまる処《ところ》にて不図《ふと》心付《こゝろづ》けば其処《そこ》、依田学海先生《よだがくかいせんせい》が別荘《べつさう》なり
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