られて嬉《うれ》しく独《ひとり》笑《ゑみ》する心の中《うち》には、此群集《このぐんしふ》の人々にイヤ御苦労さま抔《など》と一々《いち/\》挨拶《あいさつ》もしたかりし、これによりて推想《おしおも》ふも大尉《たいゐ》が一族《いちぞく》近親《きんしん》の方々《かた/″\》はいかに、感歓《かんくわん》極《き》まりて涙に咽《むせ》ばれしもあるべし、人を押分《おしわ》くるやうにして辛《から》く車を向島《むかふじま》までやりしが、長命寺《ちやうめいじ》より四五|間《けん》の此方《こなた》にて早《は》や進《すゝむ》も引《ひく》もならず、他の時なればうるさき混雑《こんざつ》やと人を厭《いと》ふ気《き》も発《おこ》るべきに、只《ただ》嬉《うれ》しくて堪《こら》へられず、車を下《お》りて人の推《お》すまゝに押されて、言問団子《ことゝひだんご》の前までは行《ゆ》きしが、待合《まちあは》す社員友人の何処《いづこ》にあるや知られず、恙《つゝ》がなく産《うま》れ出《いで》しといふやうに言問《ことゝひ》の前の人の山を潜《くぐ》り出《いで》て見れば、嬉《うれ》しや、此《こゝ》に福岡楼《ふくをかろう》といふに朝日新聞社員休息所《あさひしんぶんしやゐんきうそくじよ》の札《ふだ》あり、極楽《ごくらく》で御先祖方《ごせんぞがた》に御目《おめ》に掛《かゝ》つたほど悦《よろこ》びて楼《ろう》に上《のぼ》れば、社員《しやゐん》充満《みちみち》ていづれも豪傑然《がうけつぜん》たり、機会《とき》にあたれば気は引立《ひきたつ》ものなり、元亀《げんき》天正《てんしやう》の頃《ころ》なれば一国一城の主《ぬし》となる手柄《てがら》も難《かた》からぬが、岸《きし》に堤《つゝみ》に真黒《まつくろ》に立続《たちつゞ》けし人も皆《み》な豪傑然《がうけつぜん》たり、予《よ》はいよ/\嬉《うれ》しくて堪《たま》らず、川面《かわづら》は水も見えぬまで、端艇《ボート》其他《そのた》の船《ふね》並《なら》びて其《そ》が漕開《こぎひら》き、漕《こ》ぎ廻《まは》る有様《ありさま》、屏風《びやうぶ》の絵《ゑ》に見たる屋島《やしま》壇《だん》の浦《うら》の合戦《かつせん》にも似《に》て勇ましゝ、大尉《たいゐ》が大拍手《だいはくしゆ》大喝采《だいかつさい》の間《あひだ》に、舟《ふね》より船《ふね》と飛《と》び渡《わた》りて、其祝意《そのしゆくい》をう
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