ら2字下げ]
浮屠所[#レ]載與[#二]中國老子經[#一]相出入。蓋以爲老子西出[#レ]關。過[#二]西域[#一]。之[#二]天竺[#一]。教[#二]胡浮屠[#一]。
[#ここで字下げ終わり]
と記して、老子化胡の説を尤も分明に表示して居る。化胡説の流行と共に、佛道二教の爭の漸く激烈を加へたことは申す迄もない。『老子化胡經』の僞作者王浮は、是等の説を繼承し、又利用したのである。老子の學説は佛説と似て居る所があり、老子は晩年に中國を後に西方に往つたといふ傳説もあり、殊に老子が天竺に往つて佛教を唱へたといふ説も行はれて居ること故、之を大成して『老子化胡經』を作つたのである。

         三

 晉の王浮が『老子化胡經』を僞作したといふことは、フランスの Chavannes 氏がさきに一九〇五年の『通報』に譯載した『魏略』の本文に加へた注釋中に、唐初の文獻を引いて相當紹介に努めて居る。之によると道士の王浮は沙門の白法祖と議論して、負けた口惜しさに『老子化胡經』を作つて勝を求めたといふ。南宋の志盤の『佛祖統記』第三十六卷には、之を東晉の成帝の咸康六年(西暦三四〇)に繋けて居る。同書の第
前へ 次へ
全17ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
桑原 隲蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング