盾ウれてある。漢字の外にエストランゲロ(Estrangelo)と呼ばれる、當時主として傳道の場合に使用された、古體のシリア文字が若干刻されてある。このシリア文字は、大體に於て景教に關係ある僧侶約七十人の名を記したもので、その大部分には之に相當する漢名を添へてある。
 碑に刻された漢文の解釋は、可なり六ヶ敷い。今から二十餘年前に、上海在住のジェスイット派の宣教師のアヴレ(Havret)が公にした碑文の解釋は、尤も傑出して居るが(7)、それは未完成でもあり、又不十分の點がないでもない。併し大體から見渡して、この碑文の内容は、次の如き四段の順序になつて居る。
(第一) 天地創成のこと、原人が罪の人となる次第、及びキリストの降誕を述べたもの。
(第二) 唐の太宗の時、阿羅本が景教の經像を齎らして長安に來朝したこと、太宗は之を容れ、長安の義寧坊に大秦寺を建てて、僧二十一人を度せしこと、次の高宗は天下の諸地方に景教の寺院を増置したこと、則天武后時代から睿宗時代にかけて、景教の法運やや不振に陷つたこと、玄宗時代に景教は再び唐室の保護を受けて、法運振興したこと、次の肅宗・代宗・徳宗三代を通じて、法運の益※[#二の字点、1−2−22]隆昌したことを記したもの。
(第三) この記念碑建設の費用を喜捨した、伊斯の徳行を敍したもの。
(第四) 韻文で上來三段の記事と、略同樣のことを頌したもの。
されど碑文の解釋は、今日の講演の目的でない。今日の講演の目的は、景教碑の來歴を紹介するに在る。
 さてこの景教碑の建設の後ち六十年許りで、徳宗の玄孫に當る武宗の時代となる。武宗は所謂三武の一人で、道教を崇信する餘り、佛教を始め諸外教に對して激烈な壓制を加へ、その會昌五年(西暦八四五)には、ネストル教及びゾロアスター(Zarathustra)教(※[#「示+天」、第3水準1−89−22]教)の僧侶を併せて、二千餘人或は三千餘人を還俗せしめ、外國出身の僧侶は、多くその本國へ送還させた。多分この時に、義寧坊に在つた大秦寺も廢毀せられ、その境内に建立された筈の景教碑も打ち倒されたものかと想ふ。勿論當時の記録に、景教碑の打ち倒された事實や年代が明記されてはないが、しかく想像するより外に、適當な解釋を下すことが出來ぬのである。支那では通例古碑の刻字は、天然や人爲の種々の事由によつて、磨滅毀損を受ける筈であるが、この景教碑のみは、不思議に碑面の字畫に格別の損滅がない。こはこの碑の建立後、久しからずして地下に埋沒して、天然や人爲の損滅から保護された結果と認められ、上述の想像の蓋然性を裏書する樣である。兔に角宋・元時代の記録を通じて、この景教碑のことが一切見當らぬ。
 所が明末になつて、西暦十七世紀の初半に、偶然の出來事で、この景教碑が土中から發掘されて、世間に現はれて來た。この古碑出土の状況を、尤も早く尤も詳しく世間に通告した、セメド(Semedo)といふ宣教師の作つた『支那通史』には、大要左の如く記載してある(8)。
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千六百二十五年(明の天啓五年)に、陝西省の首府の西安府の附近で、支那職工達が建物を新築する爲に、礎石を置く目的で、地面を掘り下げた。所が彼等は{偶然}一石碑を掘り當てた。{碑の}長さは九empan(手尺)以上、寛さは四 empan 以上、厚さは一 empan 以上に及ぶ。碑の頭部に當るべき一端は、ピラミッド形をなして居る。ピラミッドの寛さは、底部で一empan 以上、高さは二 empan 以上あつて、その表面に見事なる十字架が刻まれて、その形は{印度の}メリアプォル(Meliapor)町に在る、聖トーマス(St. Thomas)の墓の彫刻のそれによく類似して居る。十字架は雲形{の彫刻}に圍まれ、その下層には三行に、各行三個の大漢字が刻まれてある。この漢字は支那に一般に通用のもので、極めて明瞭に刻まれてある。碑の全面にも同種類の文字が刻まれ、則面にも文字は刻まれてあるが、それは種類の異つた外國字で、誰人も讀むことが出來ぬ。
この注意すべき古碑が出土すると、職工達は直にその由を官衙に上申した。知府が現場に出馬して、古碑を檢閲した後ち、之を見事な土臺の上に安置し、風雨の迫害を保護し、同時に諸人の觀覽を自由にすべく、碑の上に碑亭を構へた。珍奇な古碑の出土の評判が四方に擴まると、その古碑を見物すべく、澤山の人々が雲集した。丁度この頃は、キリスト教が可なり支那人の間に知られて居つたから、{キリスト教に關する若干の知識を有する}さる紳士は、この古碑を見て、キリスト教に關係あるものと推測して、{浙江省の}杭州府に在住する彼の友人で、教名を Leo{n}といふ、キリスト教信者の官吏の手許へ、その碑拓一枚を送り屆けた。この碑拓は、當時杭州府在住の宣教師達に
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