九一六)九月 「晉人圍[#二]貝州[#一]踰[#レ]年。……城中食盡。※[#「口+敢」、第3水準1−15−19][#レ]人爲[#レ]糧。」
(17)[#「(17)」は縦中横]末帝龍徳二年(九二二)九月 「鎭州食竭力盡。……{晉軍入[#レ]城}執[#二]{張}處瑾兄弟家人。及其黨高濛、李※[#「(睹−目)/(翕−合)」、第4水準2−84−93]、齊儉[#一]。送[#二]行臺[#一]。趙人皆請而食[#レ]之。」
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上の(2)[#「(2)」は縦中横]に紹介した黄巣の賊徒の狼藉は、『舊唐書』卷二百下の黄巣傳に、今少しく詳細に、
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關東仍歳無[#二]耕稼[#一]。人餓倚[#二]牆壁間[#一]。賊俘[#レ]人而食。日殺[#二]數千[#一]。賊有[#二]舂磨砦[#一]。爲[#二]巨碓數百[#一]。生納[#二]人於臼[#一]碎[#レ]之。合[#レ]骨而食。
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と記してある。數千幾萬の無辜の良民を、生きながら碓にて舂き、磑にて磨して食用に供するとは、誠に前代未聞の慘事と申さねばならぬ。殊に又賊軍討伐の任に當れる官軍が、却つて良民を
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