ず他國へ侵入して物を掠奪する、戰爭をすると必ず敵の財産を掠奪するけれども、蒙古人と蒙古人の間では盜人をし合ない。蒙古人は鍵とか錠といふものを知らない。是れは皮倉庫だから鍵をおろして置かうといふ、そんな考へは起こらぬ。開け放して置いても盜人がない。だから斯うして置いても差支ないのであります。それから蒙古人は時々水草を逐うて家移りをします。其移轉するときはどうするかと云ふと、折角建てた物を壞すことはしない。其儘に大きな車の上に載せる、車の幅はなかなか大きいです。三間以上もある。車の輪から輪まで(此時圖を描いて説明す)、此處から此處まで、大きいやつは二十呎、其上へ建物を其儘載せるです。是れは隨分大きいですけれども、前申す通りに樹の枝位を組合せて其上へ皮を張つてあるのだから、日本の大きな家を移すより遙に輕いです。大勢寄りさへすれば此上へ載せるには何でもない。けれども先程申した通り、此大きいのになると三十呎ありますから、無論幾分かは輪の外へ出る。載せた所を見ると斯ういふ風になる。小さければ無論此車にきちんと載るのです。入口は矢張り斯ういふ風に前に向いて、載せるです。それから之を牛が曳くです。牛は何頭で曳いても動きさへすれば宜いですけれども、餘計なのになると二十二頭で曳くこともある。三頭でも曳くし五頭で曳くこともある。ずつと大きいものになると二十二頭で曳くです。それを前列に十一頭、其後へも十一頭持て來て、それを馭する者が此處へ乘るです。蒙古の牛でも馬でも極めて柔順で、日本のやうに惡荒れをしませぬから、此處で鞭なりを一つ持つて方向さへ示せば、極めて温和しく行くです。是れで家移りをする。是れは男ですが、時によると女でも樂にやる。蒙古の女などは強うございますから、馬に曳かした車の二十輛や三十輛は一人して連れて行くです。途中で馬の荒れることもないのですから、先づ住所の話は夫れ位にして、其次は、
 衣服及び頭飾の話 蒙古人が着ます衣服は、夏は絹或は木綿の物を使ひます。それは大抵支那からして輸入されるのであります。木綿はペルシアからして輸送される。けれども冬は毛皮を着ます。寒い地ですから、其毛皮はロシアから或はその附近のブルガリヤなどから來るのであります。毛皮の衣服を着ました其上へ、蒙古人は大抵二枚の外套を着ます。それは二枚とも毛付きの外套です。一枚の下の方へ着る外套は裏毛になつて居る。それから表へ着る外套は外毛《そとげ》になつて居る。若し蒙古人の外套を着る人を切つて見たら身體の方に向つて毛があるし、外へ向つて毛がある。斯ういふのを二枚着るです。それでは何獸の毛皮を外套にするかと云ふと、狼、それから狐です。それが普通です。狐か狼の皮を外套にする。けれども貧乏人は大抵犬の皮を外套にするのであります。申す迄もなく是等の外套は所謂防寒衣でありまして家に居る時分には帳幕の中に住んで居る故にそんな物は脱いで仕舞ふ。それから蒙古人の男子はひげはありませぬ。全くないことはないけれども甚だ少い。隨つてひげを伸ばすことはありませぬ。若し伸ばしても鼻の下のひげだけ。けれども伸さぬ方が多い。伸ばす人は少い。鼻の下のひげは漢字で髭と書きます。鬚といふのは天神樣のやうなので、榎本さんのやうな耳の下へ伸ばすひげは髯と書きます。髯も鬚も蒙古人は生さぬ、生すのはここの髭だけです。まあ大抵日本の先生方も蒙古人と同じに鼻の下に髭を伸ばして居る(笑聲起る)。それから頭ですが、頭は是れは面白い。是れは未だ能く人が知らぬやうですが、蒙古人は辮髮です。その辮髮も一種特別なであります。この辮髮する人種といふものは現今の清朝人も其一つで、又蒙古人よりずつと前には、支那内地へ國を建てた、南北朝時代の北朝の拓跋魏《タクバツギ》などは索虜と呼ばれた位だから勿論辮髮をやりましたが、どんな風にしたか委細には知れないのであります。蒙古人も辮髮をしましたが、其の辮髮の仕樣は人が餘り注意せぬですけれども、一寸面白い、蒙古人は頭髮を大半剃り落します。唯前額の上だけ前髮を殘します。この前髮は眉毛の邊まで垂れる、それから此邊りを悉く皆剃つて仕舞ひますが(この時圖を描く)、耳の上に當る此處だけを少し殘して置きます。ここの髮は成るべく伸ばして之を辮みて長く耳の側に垂れる。だからどういふ風に描いたら宜いですか、まあ……私繪が薩張り下手だが斯ういふ風にして(笑聲起る)、斯うです。辮髮を兩方の耳の側へ二本垂れる。前髮を殘して居るだけは可愛らしい。何んですな、日本の蒙古襲來など云ふ圖がありますが、それを能く注意して見ると、二本の辮髮を垂れてあるのがあります。
 それから女の方の服裝は男と同じことです。それで結婚するまでは、外國人などから見ると男か女かまるで分らぬさうです。結婚すると少し頭髮の飾が違ひます。衣服は男女同樣で、唯少し女
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
桑原 隲蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング