い振りよく餌さを食べ出した。
彼女は、何時しか夜ふかしを補うための昼眠におちいって了った。と、彼はお午すこし前に妻を起さぬようそっと餉台を出し、沸しざましをかけて独り冷や飯をかき込んだ。
モルモットはだんだん馴ついて来た。潰し麦や菜っ葉などの餌さを遣るとき、箱の内から小さな頸を長くのばしてはその下の方についた可愛いおちょま口を仰向けて、二ひきが早く呉れとせがむのであった。そして押入の襖をあけては麦を出し、前の障子を開いては菜っ葉を取ってやる事を何時の間にか覚えて了って、それ等の戸をあける音がするとさえ急いで箱を飛び出して来、人の着物の裾にまつわりついた。また、二三度畳の上へおしっこをしたので尻を叩いて叱ってやったら、何時とはなしにそれも覚え込んだのであろう自分の小舎以外では糞便をしなくなった。
「モルちゃんはいい仔だねえ、おしっこすること覚えたの? かしこいかしこい、お前はかしこいよ。」
妻は機嫌のいい時こんなに言って、小さな動物に頬ずりした。
「あなた、まあちょっとモルやを見てやって頂戴よ。あんな小さなものが、まるで牛のように横んなって寝てるわ。」
「そいつ、こ飯も食べるよ。」
「全く何ともたとえようのない可愛い動物だわねえ。」
彼女はしごく機嫌がよかった。で、彼は――モルモットを飼ったことが、すくなくとも失敗ではなかった――とよろこんだ。
彼は生活苦を忘れて、二ひきのモルモットをわが子のように思った。彼女もまたそうだった。小さな動物は、朝彼女が梯子段を踏んで帰って来るとキイキイキイッと大声をあげて迎えるようになった。すると彼女は、
「モルちやん、ただいま。お父うちゃんとおるす番しとったの、いい仔だねえ……。さあ、母ちゃんが抱っこしてあげよう。」と何は措いても先ずモルモットを抱いて頬ずりした。
場末のカフェーではお看板の時間などきまって居らず、最後の客が帰ってから仕舞う故いつも午前の二時三時になって、帰り道が危険だから彼女は店に泊って来るのだった。そして朝になってから隙を見計って一度だけ家へ戻って来た。
三
しかし、遂に夫婦は世帯をたたまねばならぬ破目におちいった。階下の家が、移転するについて間を空け渡してくれと言った。その部屋はずっと以前には入ったので敷金が要らなかったが、新たにほかで借りるといえば間借りにまで二箇月分くらいの敷金が必要だ
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