こひをしても敵はない。まさしく竹林の賊である。流石の馬賊もはちく[#「はちく」に傍点]の出る頃にはあきらめる。はちく[#「はちく」に傍点]なら何處にもあるからだらう。
 毛蘭がだん/\殖ゑて來た。花梗がぬきん出てくると、『おや龍舌蘭ですね、六十年に一度咲くつて、本當ですか』と驚く人がある。六十年どころか、この毛蘭は私がまだ歩ける頃よそへ遊びに行つて、名に惚れてうつしたものである。小さな庭には不似合な花だ。
 栗と桐が立たぬかはり、欅がよく合ふ。郡山の弟が小學生の頃植ゑた欅は小臼がとれる位太つて、東北の一隅にうつ然と茂つてゐる。欅は枝を剪るとのびが止まるらしい。
 土浦の女學校からお箸のふとさ位のポプラの枝を貰つて來て※[#「「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている」、第4水準2−13−28]したのが、十九年目には高さ十三間、直徑二尺の木になつて三里先の筑波からさへ見えた。あまり伸びたので伐つた。其の後は蟲が蝕いて一本も育たぬ。惜しいことをしたと考へる。

 村で櫻を植ゑとくのもうちきりだが、葉櫻時分になると、糸にぶら下つた毛蟲が風にゆられて飛んで、隣から尻をもちこまれる。天狗巣病にかゝつた枝を切つてからます/\伸び廣がる。毛蟲位村中にぶら下つたとて、人死もあるまいから、もう伐らないときめた。

 大正天皇の御大典記念に學校から分けてくれた銀杏が三本立つてゐる。百年の後銀杏の家に私の子供が殘つてゐるかどうか。
 びやくしんとも違ふが、似た木が六七本。よく尺とり蟲がつく。次郎にとらせようとすると、蛇ならくふ男、毛蟲は蟲がすかず、見てゐて手を出さない。仕方が無い、枯らしてしまふだけだと思つた。ある日細君が草とりをやつてゐて見つけたらしい。鎌の刄をしやくとりにひつかけてはこき下し、こき下して足でふんで一匹一匹平げてくれた。妻は軒の繩きれにすら驚く蛇きらひである。半面蟲をおそれぬ性を持つことを發見した。
 便所わきの柳は早く枯れた。小池海軍少佐夫人がまだ桃割にゆつてる頃、柳の下に立つて、小さな黒いむく/\した毛蟲を指で取つてゐたことを思ひ出す。少しの間だつたが、本をかゝへて毎日遊びに來てゐた頃である。
 西條八十が評釋した私の詩、
「まゐらせそろを書きがたみ、涙にくれしふる事を、語り出さば袖屏風、君はおもてをかくすらむ」其人も今はなくなつた。

『儲ける積りで、するす屋の伽羅を二兩で買つたはいゝが、はけ口が無いのでひきとらずにゐると、邪魔氣だから早くひきとれと矢釜しくいひます。元値の二兩でいゝから買つてくれ』と龜さんから申込まれて買つた。わたし二間はあらう二人では擔ぎきれなかつた。
 が龜さんにはひどい目にも逢ふ。「庭中の木を八圓で」買つたのはよいが、龜さんが植ゑてくれた、片ぱしから枯れて、殘つたのは、榧の木一本。花やかな木蓮もをしかつたが沈丁華の大株も惜しかつた。
 石榴は鈴生に生るが、子供らはあまり欲しがらない。酸いは梅もおなじだが、どうしたわけか。
『おらいの柊は』と常さんがよくいふ。常さんが家の柊は自慢だけあつて、凡二三百年はたたう。枝は地上七八寸のところから出て、上は球に刈りこんである。二百五十圓なら賣るといふ。出入先で納屋を作るのに邪魔だから伐るといふのを四圓五十錢で買つて、途中橋が渡れず、遠まはりしたり何かして十圓程はかゝつてゐるといふ。私の庭にあれがあつたならと思ふ。人の木を數へるやうになつては私もおしまひだ。
 十月一日。連日の曇が雨となる。百合子に『レーンコートを持つて、停車場まで姉ちやんを迎へに行けるか』と聞いてみる。行けるといふ。尤毎日學校へ通つてゐる道だ。『そりや偉い。糸子姉ちやんは雨具なしで下館から來るのだからね。妹が姉を迎へに行くつて、立派な事だ』とほめると、レーンコートを頭からすつぽり被つて、姉のを脇にかかへて、雨の中を出て行つた。あとから妻を見にやる。『もう半分道行きましたよ、せつせと、勇んで』
 夜、電燈の下で三人の子と遊ぶ。こなひだのお祭りで猿の芝居を見たが、猿のお尻はどうして赤いのと、末の五つの兒にきかれた。

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東筑波の山火事は
西吹く風にあふられて
お山の上はめら/\と
紅い煙がひろがつた

草が燃えるか木が燃えるか
晝はぼやけて見えねども
日暮となれば一面の
火の山火の峰まつかつか

かはいや高い木の上に
栗鼠は姿を見せてたが
雉はけん/\子を置いて
涙ほろ/\飛び立つた

爪もはさみも花のよな
小蟹は澤にかくれたが
猿のお馬鹿さん逃げもせず
お尻ちくりとやけどした
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『それで赤いのよ』
『そう、お猿、やけどしたの』
『あゝ』



底本:「雪あかり」書物展望社
   1934(昭和9)年6月27日上梓
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2003
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