水準1−47−62]弱《ひよわ》い形《なり》でどうしてあれだけの詩篇が出來、其詩篇が一々|椋實珠《むくろうじゆ》のやうに底光りのした鍛錬の痕を留めてをる、其精力の大さでした。君の學問は全くの獨學で、高等小學の課程すら踏まなかつた位ですから、學問で詩を作る人ではない。當時わたくしは君を以て天才の人と認めました。天才でなければこの境遇この學力で、どうしてこれだけの事業が成し遂げられたか、殆んど奇蹟といはなければなりません。其後は日々火燵に踏み込んで詩作を鬪はしました。其時に君の容貌を見て居ると、動かざること石のごとしといふのでしようか、四周の事物には一切耳目を假しません。時々低誦しては調子の鹽梅を計つてをられます。幾時間でも此の通り、別に疲勞したといふ風も見えぬ。一通り出來ると、今度は添削にかゝる、これがまた尋常でない、自分で滿足する迄は一日でも二日でも紙と筆を離さぬ。熱血を灑ぐといふのはこれだらう、こうなくちやホンとうの詩は出來ぬと、竊かに舌を捲きました。其内春が來て長閑に成りましたから、或日相携へて大寶の沼に遊びました。十町足らずの歩行に君の疲勞は非常であつたのですが、八幡宮に參詣して
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