つらぬ》く
  金色《こんじき》の
百筋《もゝすぢ》の箭と
  閃めきて

湧きもめぐらふ
  新潮《にひしほ》の
巖《いは》うつ音《おと》の
  高ければ
降《お》りん隙なき
  鶚《しながどり》
聲は磯曲《いそわ》に
  かすみつゝ


  湖の畔にて


天《あま》飛《と》ぶ雲に秋立ちて
浪に聲ある湖や
關《せき》の跡《と》舊《ふ》りし東路《あづまぢ》の
騰波《とば》の湖《あふみ》は暮にけり

伏樋《ふせひ》を漏《も》れて行く水の
小川《をがは》の末にほの白く
新墾小田《にひはりをだ》を劃《かぎ》りたる
堤に松の聲もして

曉ひらく葩《はなびら》の
汀の浪に綾織《あやお》りし
蓮《はす》の浮葉も秋風の
劒《つるぎ》に觸《ふ》れて裂《さ》かれたり

光《ひかり》寂《さび》しき森の蔭
露は瞼《まぶた》に落《おつ》れども
睡《ねむ》りてさめぬ野の花の
夢にや月を迎《むか》ふらむ

傾《かたむ》きかゝる天《あま》の河《かは》
星より先《さ》きに散る花の
雪と輝《かゞや》く色を帶《お》びて
秘《ひそ》かに咲くは夜顏《よるがほ》か

紅《くれなゐ》褪《あ》せしさふらんの
蕋《しべ》の細きを拔かんとて
蜂飛惑ふ花園に
眉をひそむる妻無きも

雁が音遠き信濃路の
霧に埋れし山百合を
瓶にせし夜はまろびねの
枕も夢も香りしを

額《ひたひ》に垂るゝ前髮の
油《あぶら》かほりてすれ/\に
眉を被《おほ》ふをなつかしみ
※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]頭《かざし》あたへし子もあれど

いかゞ書くらん紅筆《べにふで》の
艶《なま》めく文字は知らぬ身の
露に臥すてふ女郎花
見るに心の慰まで

千草の花を培へば
色にはなれし袖ながら
痛《いた》める胸にそと觸《ふ》れて
渡《わた》らふ風のつらきかな

菱取小舟《ひしとりをぶね》跡《あと》絶《た》えて
月は曇れる浪の上に
み空を繞《めぐ》る七色《なゝいろ》の
花の環《たまき》よ懸《かゝ》れかし

立つとはすれど朧夜《おぼろよ》の
月に消《け》さるゝ面影《おもかげ》を
せめて花環《はなわ》の中ならば
ゑがくを人も許すべく
  〜〜〜〜〜〜〜


  富士を仰ぎて


大野の極み草枯れて
火は燃え易くなりにけり
水せゝらがず鳥啼かず
動くは低き煙のみ

落日力弱くして
森の木の間にかゝれども
靜にうつる空の色
翠はやゝに淡くして

八雲うするゝ南に
漂ふ塵のをさまりて
雪の冠を戴ける
富士の高根はあらはれぬ

返らぬ浪に影見えて
櫻は川に匂ふらむ
霞みそめたる天地に
遍きものは光かな

涙こほりし胸の上に
閉じたる花も咲かんとして
亡びんとせしわが靈《たま》の
今こそ蘇《い》きて新しき

人は旅より歸るとき
花なる妻を門に見む
わが見るものは風荒ぶ
土橋の爪の枯柳

人は旅路に出るとき
美し人を※[#「木+巨」、184−上−13]※[#「木+若」、第3水準1−85−81]《ませ》に見む
わが行く路に在るものは
やみを封《こ》めたる穴にして

筑波の山に居る雲の
葉山繁山おほへるも
春は蝶飛ぶ花園に
立つべき足の痿へたるを

やゝともすれば雲の奧に
かくれんとするいとし兒を
悲む母のふところに
退《の》かせじとする枷《かせ》にして

千代もとわれは祈れども
母は子故に死なんといふ
世に一人なる母をおきて
わが有《も》つものは
  有らじと思ふに



底本:「明治文學全集 59 河井醉茗・横瀬夜雨・伊良子清白・三木露風集」筑摩書房
   1969(昭和44)年9月30日第1刷発行
底本の親本:「花守」隆文館
   1905(明治38)年11月1日発行
入力:林 幸雄
校正:小林繁雄
2001年12月24日公開
2006年5月23日修正
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