なん子ゆゑに
  〜〜〜〜〜〜〜


  なづさふ野火


白雲低き足柄の
山は遙に亙《わた》れるを
いかゞ越えけむ西風に
雁鳴く野とはなりにけり

緑《みどり》沈《しづ》める川上《かはかみ》の
峽《かひ》よりかけて斷續《きれ/″\》に
見ゆる林のおぼろ/\
秋|際無《はてしな》き霧の海

踏《ふ》むに音せぬ曉の
茅萱《ちかや》の露に眉ぬれて
行けども寢《いぬ》る家無き子の
慰藉《なぐさめ》失《う》せし野に立てば

光をつゝむ青雲の
向伏《むかぶ》す極み秋は來て
長《なが》き堤《つゝみ》の東《ひんがし》に
殘れる月の纖《ほそ》きかな

「今は別れとなりにけり
母よ」と呼べど言《ものい》はで
父と並べる墓《おくつき》の
涙は終に見ざりしか

路遠くして獨《ひとり》行《ゆ》く
旅は心のさびしきを
尾花亂るゝ古里に
遺《わす》れし妻を戀ふれども

さもあれ馴れし小月波《おつくば》の
山は霧より現はれぬ
山は霧より現はれて
朝《あさ》はふたゝび此《こゝ》に在《あ》り

風は胡蝶の羽翼《はね》を裂《さ》き
霜は猿《ましら》の食《かて》を奪《うば》ひ
秋|老《お》いにける朝毎《あさごと》に
うつろふ空の高けれど

垂尾地《たりをち》に摺《す》る山禽《やまどり》の
出《い》で入《い》るあたり草枯れて
なづさふ野火《のび》の煙《けむり》のみ
動《うご》くと見えて日《ひ》は寂寞《しづか》に
  〜〜〜〜〜〜〜


  星夜


腰にからめる紅《くれなゐ》の
帶《しごき》は虹《にじ》に似たるかな
衿にほのめく白妙《しろたへ》は
谷につゝめる雪と見ん
  美《うつく》しき舞姫《まひひめ》よ

鳥は霞の天《そら》に舞ひ
蝶は花野《はなの》の地に迷《まよ》ふ
君《きみ》若草《わかくさ》を枕して
夢見《ゆめみ》る勿れ春の野に
  美しき舞姫よ

笄《かうがい》光《ひか》る黒髮は
解《ほど》かば風に亂れなむ
せめてはかくせ扇もて
月の影ある眉の跡《あと》
  美しき舞姫よ

星の夜、姉に伴《ともな》ひて
祇園《ぎをん》の町をさまよへば
櫻はちんぬ、しかれども
おさなかりけるうき人の
俤《おもかげ》に似《に》し君《きみ》を見《み》て
うらぶれわたるわれさへも
西の京の去りかねて


  やれだいこ
    (烏水の家に宿りて)


花なる人の
  こひしとて
月に泣いたは
  夢なるもの

たて綻
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