て
灼《もゆ》る枕を浸《ひた》さんに
毒ある鏃足に受けて
野べに嘯《うそぶ》くことをすら
停《とゞ》められたる我なれば
唯舟こそは戀しけれ
負ひたる傷の深ければ
物に觸るゝを厭へども
寢ぬに綾無《あやな》き幻の
花の象《かたち》の眼に見えて
緑、紫、紅の
花は、電、空の虹
環りて、消えて、美しの
人の顏さへ浮き來るを
千草に渡る金風の
露吹きこぼす朝ぼらけ
花の苑生《そのふ》を眺むれば
長しとも思ふ命かな
今日も落ちたる花片の
しめれる地《つち》に香を留めて
* *
* *
香取《かとり》の海は川となりて
浪逆《なさか》の浪はよも逆らじ
行かんか旅に病みぬとも
今は悲む夢も無し
〜〜〜〜〜〜〜
旅にして
山秀でたる吾妻路の
平野《たひら》の水をあつめ來て
南に落つる利根川の
浪は寂《しづか》に翻《かへ》るかな
行くともわかぬ白雲の
かゝりて長き眞砂地や
蘆邊に立ちて眺むれば
浪逆の浦は雨晴れて
日光《ひかり》あまねき湖の上を
遙に渡る尾長鳥
ま白き翼《はね》は搖《うご》かさで
鳴く音は空の秋の風
鏡に映《かよ》ふ花ならば
異《け》なる影にも慰まむ
思へば旅の果にして
新たに戀ふる人は無きを
蝦捕り舟の漕ぎなづむ
八十《やそ》の水門《みなと》はへだつれど
霧に浮べる月波根の
眉なす根ろは北に在り
〜〜〜〜〜〜〜
野の花
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東白《しのゝめ》の
野べに生れて
朝露を
頬の上に置き
夕されば
地球《つち》の腕に
抱かれて
眠る野の花
唇に
誰かふれけむ
接吻《きつす》の痕
微かにとめて
夕榮の
うつらふ丘に
紅を
含みて立てり
彷徊《さまよ》ひし
羊の群は
薄霧の
遠《をち》に歸りぬ
口笛の
鳴りしやいづら
花の野は
やゝに暮れけり
[#ここで字下げ終わり]
秀峰《ほつみね》めぐる薄雲の
靜かに岫《ほら》に歸る見て
われ露原に立ちし時
紫尾野《しをの》の秋はつらかりし
汀に散らふ浪の花
白帆上げたる瀬越《せご》し舟《ぶね》
國府津《こふづ》の浦にわが立ちし
旅の情を忘れねば
星かすかなる中空に
あこがれたりしわが魂も
やさしき花を地《つち》に見て
新たに灑ぐ涙あり
北の光の野をかけて
輝きかへる雪の上に
凍りし花を春解かば
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