にし天使《みつかひ》の
翼に乘りて天國《あまぐに》に
歸りし母の俤は
花環の中にあらはれむ

腰に三重卷く綾織の
帶は結ぶに輕くとも
繪にのみ見てし矢がすりの
振の袂は馴れたりや

※[#「くさかんむり/繁」、第3水準1−91−43]《かはらよもぎ》を摘まんとて
籠を片手に獨木橋《まろきばし》
眞青《さを》なる水に陷らば
浪にや袖のなづさはむ

かざすに馴れし白ばらは
さてもあらんを花の君
肩に渦《うづま》くかち色の
髮誰がために梳る

(月さす閨に丸寢して
わが見し夢は花なりき

仄《ほのか》に宿る電の
露の命となりぬれば

心痛むる秋風に
たゞ戀しきは母なるを

都の雲を西に見て
川を常陸に越す舟の

おぼつか無しや夕闇に
棹かすむるは葭剖《よしきり》か)
  〜〜〜〜〜〜〜


  石廊崎に立ちて
    (月島丸をおもふ)


八重立つ雲の流れては
紅匂ふ曉《あけ》の空
夜すがら海に輝きし
鹹《しほ》の光も薄れけり

南に渡る鴻《おほかり》の
聲は岬に落つれども
島根ゆるがす朝潮の
瀬に飜る秋の海

牡蠣殼曝れし荒磯の
巖の高きに佇みて
沖に沈みし溺れ船
悲しきあとを眺むれば

七十五里の灘《なだ》の上
浪は白く騷げども
玉藻の下《した》に埋れし
船は浮ばずなりぬかな

戰鬪《たゝかひ》は
  終りたり
檣《ますと》も今は
  倒れたり

奔るははやき
  雲の影
響くは大海《あら》の
  浪の音

かくれし岩に
  乘り上げて
裂けし龍骨《きーる》の
  あらはなる

戰鬪《たゝかひ》は
  終りけり
嵐の聲を
  名殘にて

霧のまがひに
  ひらめきし
白帆も旗も
  やぶれては

夕やみ迫る
  海の上に
『のろし』の色の
  力《ちから》なき

見よ空を蹴《け》る
  荒浪に
船は覆《かへ》りて
  渦《うづ》ぞ卷く

渦卷く中に
  漂ふは
最後《をはり》の影か
  泡沫《うたかた》か

朝《あした》巖手《いはて》の山の上に
蕪菁《かぶ》虹《にじ》立つを夢にして
夕《ゆうべ》、鹿島《かしま》の沖合に
根浪《ねなみ》の湧くを見つらんに

花もて飾る墳墓《おくつき》の
小《ち》さきを野べに遺《のこ》さずして
水づく屍は紅の
珊瑚《さんご》の礁《いは》に沈みたり

八洲《やしま》を環《めぐ》る大瀛《おほわだ》の
浪に生れし男《を》の子とて
秋風渡る伊豆
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