白は誰の心、紅は誰の情、花守詩人の名は、最もふかく彼の詩を吟誦する青年間に高し、彼の詩集に『花守』を以て題したるは我等諸友人にして、主人自らは干與せざるなり、放曠概ね此類なり、その詩、字櫛句爬、分折毫毛、純乎として純なる眞人の詩也、病詩人の詩也、薄倖文人の詩也、かの西國詩人の冷飯殘羹を拾うて活くる、才子の作と同じからず、詩豈活きざらむや。
 然れども彼が如く、世間と杜絶せる境遇に在るを以て、その謠ふところ、眼前咫尺、平凡常套の事にして、往々單情粗心、或は稚兒に似たる感情を洩らすことなしと言ふを得ず、げに『花守』一卷は哀詩也、この哀詩に先づ充たすべき缺陷あらば、そは壯嚴《サブライム》なる悲哀《ソルロフ》ならむ、然れども是なくして※[#「りっしんべん+非」、第4水準2−12−50]惻の氣、猶且人に迫ること彼が如くむば、彼の詩がいかに眞人の眞情より結晶したるものなるかを窺ふに足らむ。彼自ら寡聞寡讀をいふ、左右に何等の參考書册なく、附近に彼を慰藉する友人あるなし、彼の暮夜獨坐神往して詩を作るは、猶松蟲鈴蟲の、肅殺なる秋野に興酣しておのづから吟《すだ》くがごとし、謠ふものと聽くものと、等しく恍焉忘我の境に入ると雖も、荒凉慘澹、寧ろ耳を掩ふに遑あらず、詩豈活きざらむや。
 吁嗟かくばかり覊軛ある世に、詩《うた》のみぞひとり自由なりける、天は彼より一切を徴して、代ふるに最も自由なるものを以て授く、彼亦聊か安んずるところなかる可らず、彼は終始常陸の僻邑に蟄居して、識を所謂中央文壇に求めざるを以て、彼の詩或は多く世に知られざらむ、友人某、々、々等深く之を遺憾とし、其詩集を公にせむことを勸む、我亦與かる、彼曰く、我世に望むところなし、只この一小册子を、垂白の慈母に、献じ、その※[#「女+兪」、第3水準1−15−86]容喜色を見るを得ば則ち足れりと、蓋し彼の慈母は彼の最大同情者にして、亦彼が敬愛する最初の人也、彼の詩を識ること、最愛吟誦者なる我等諸友人に讓らざればなり。
 彼の詩はかくの如くして作られ、輯められ、刊行せらる、彼を江湖に紹介するものは彼自身の詩也、彼の詩を世に問ふに至りたるは我等諸友人也、即ち茲にその始末を記して、序となす。
[#地から2字上げ]辱知  小島烏水識

[#瀧澤秋暁(1875−1957)の序文あり]

[#河井醉茗(1874−1965)の序文あり]

 わたく
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