云やいいじゃないか。」
「なまけているんだって、軍医に怒られるだけだよ。」木村は咳をした。「軍医は、患者を癒《なお》すんじゃなくて、シベリアまで俺等を怒《おこ》りに来とるようなもんだ。」
 吉原は眼を据えてやりきれないというような顔をした。
「おい、もう帰ろうぜ。」
 安部が云った。
 中隊の兵舎から、準備に緊張したあわただしい叫びや、叱咤《しった》する声がひびいて来た。
「おい、もう帰ろうぜ。」安部が繰かえした。「どうせ行かなきゃならんのだ。」
 空気が動いた。そして脂肪や、焦げパンや、腐った漬物の悪臭が、また新しく皆の鼻孔を刺戟した。
「二度診断を受けたことがあるんだが。」そう云って木村は咳をした。「二度とも一週間の練兵休で、すぐまた、勤務につかせられたよ。」
「十分念を入れてみて貰うたらどうだ。」
「どんなにみて貰うたってだめだよ。」
 そしてまた咳をした。
「おい。みんな何をしているんだ!」入口から特務曹長がどなった。「命令が出とるんが分らんのか! 早く帰って準備をせんか!」
「さ、ブウ[#「ブウ」に傍点]がやって来やがった。」

       四

 数十台の橇が兵士をのせて
前へ 次へ
全26ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング