たりしていた。どうしたんだ、どうしたんだ、と云う者があった。ある者は雪の上に腰をおろして休んだ。ある者は、銃口から煙が出ている銃を投げ出して、雪を掴んで食った。のどが乾いているのだ。
「いつまでやったって切りがない。」
「腹がへった。」
「いいかげんで引き上げないかな。」
「俺等がやめなきゃ、いつまでたったってやまるもんか。奴等は、勲章を貰うために、どこまでも俺等をこき使って殺してしまうんだ! おい、やめよう、やめよう。引き上げよう!」
吉原は喧嘩をするように激していた。
彼等は、戦争には、あきてしまっていた。早く兵営へ帰って、暖い部屋で休みたかった。――いや、それよりも、内地へ帰って窮屈な軍服をぬぎ捨ててしまいたかった。
彼等は、内地にいる、兵隊に取られることを免れた人間が、暖い寝床でのびのびとねていることを思った。その傍には美しい妻が、――内地に残っている同年の男は、美しくって気に入った女を、さきに選び取る特権を持っているのだ。そこには、酒があり、滋養に富んだ御馳走がある。雪を慰みに、雪見の酒をのんでいるのだ。それだのに、彼等はシベリアで何等|恨《うらみ》もないロシア人と殺し合いをしなければならないのだ!
「進まんか! 敵前でなにをしているのだ!」
中隊長が軍刀をひっさげてやって来た。
七
遠足に疲れた生徒が、泉のほとりに群がって休息しているように、兵士が、全くだれてしまった態度で、雪の上に群がっていた。何か口論をしていた。
「おい、あっちへやれ。」
大隊長はイワン・ペトロウイチに云った。「あの人がたま[#「たま」に傍点]になっとる方だ。」
馬は、雪の上を追いまわされて疲れ、これ以上鞭をあてるのが、イワンには、自分の身を叩くように痛く感じられた。彼は兵卒をのせていればよかったと思った。兵卒は、戦闘が始ると悉《ことごと》く橇からおりて、雪の上を自分の脚で歩いているのだ。指揮者だけがいつまでも橇を棄てなかった。御用商人は、彼をだましたのだ。ロシア人を殺すために、彼等の橇を使っているのだ。橇がなかったらどうすることも出来やしないのに!
踏みかためられ、凍《い》てついた道から外れると、馬の細長い脚は深く雪の中へ没した。そして脚を抜く時に蹴る雪が、イワンの顔に散りかかって来た。そういう走りにくいところへ落ちこめば落ちこむほど、馬の疲労は増大してきた。
橇が、兵士の群がっている方へ近づき、もうあと一町ばかりになった時、急に兵卒が立って、ばらばらに前進しだした。でも、なお、あと、五六人だけは、雪の上に坐ったまま動こうとはしなかった。将校がその五六人に向って何か云っていた。するとそのうちの、色の浅黒い男振りのいい捷《はし》っこそうな一人が立って、激した調子で云いかえした。それは吉原だった。将校が云いこめられているようだった。そして、兵卒の方が将校を殴《なぐ》りつけそうなけはいを示していた。そこには咳をして血を咯いている男も坐っていた。
「どうしたんだ、どうしたんだ?」
大隊長は、手近をころげそうにして歩いている中尉にきいた。
「兵卒が、自分等が指揮者のように、自分から戦争をやめると云っとるんであります。だいぶほかの者を煽動したらしいんであります。」中尉は防寒帽をかむりなおしながら答えた。「どうもシベリアへ来ると兵タイまでが過激化して困ります。」
「何中隊の兵タイだ。」
「×中隊であります。」
眼鼻の線の見さかいがつくようになると、大隊長は、それが自分の従卒だった吉原であることをたしかめた。彼は、自分に口返事ばかりして、拍車を錆《さ》びさしたりしたことを思い出して、むっとした。
「不軍紀な! 何て不軍紀な!」
彼は腹立たしげに怒鳴った。それが、急に調子の変った激しい声だったので、イワンは自分に何か云われたのかと思って、はっとした。
彼が、大佐の娘に熱中しているのを探り出して、云いふらしたのも吉原だった。
「不軍紀な、何て不軍紀な! 徹底的に犠牲にあげなきゃいかん!」
そして彼は、イワンに橇を止めさせると、すぐとびおりて、中隊長と云い合っている吉原の方へ雪に長靴をずりこませながら、大またに近づいて行った。
中隊長は少佐が来たのに感づいて、にわかに威厳を見せ、吉原の頬をなぐりつけた。
イワンは、橇が軽くなると、誰れにも乗って貰いたくないと思った。彼は手綱を引いて馬を廻し、戦線から後方へ引き下った。彼が一番長いこと将校をのせて、くたびれ儲けをした最後の男だった。兵タイをのせていた橇は、三露里も後方に下って、それからなお向うへ走り去ろうとしていた。
彼は、疲れない程度に馬を進めながら、暫らくして、兵卒と将校とが云い合っていた方を振りかえった。
でっぷり太った大隊長が浅黒い男の傍に立っていた。大隊
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