と盗まれるものゝように手離さなかった。
「わたし持ちますわ。」嫁はそれを見て手を出した。
「いゝえ、大事ござんせん。」おしかは殊更叮寧な言葉を使った。
「おくたびれでしょう。わたし持ちます。」
「いゝえ、大事ござんせん。」おしかは固くなって手籠を離さなかった。為吉はどういう言葉を使っていゝのか迷っていた。
やがて郊外の家についた。新しい二階建だった。電燈が室内に光っていた。田舎の取り散らしたヤチのない家とは全く様子が異《ちが》っていた。おしかはつぎのあたった足袋をどこへぬいで置いていゝか迷った。
「あの神戸で頼んだ行李は盗まれやせんのじゃろうかな?」お茶を一杯のんでから、おしかは清三に訊ねた。
清三は妻を省みて苦笑していたが、
「お前、そんなに心配しなくってもいゝよ!」と苦々しく云った。
「荷物は、おばあさん、持ってきてくれますわ。」嫁はおかしさを包みきれぬらしく笑った。
四
嫁は園子という名だった。最初に受けた印象は誤っていなかった。それは老人達にとって好もしいものではなかった。
駅で、列車からプラットフォームへ降りて、あわたゞしく出口に急ぐ下車客にまじって、
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