今はすっかり扉を閉め切って猫の仔一匹いない。一昨日そこへ行ってみた。どの家にも変な日本人が立ち番している。オヤオヤ! と思っていると、どこからか俺に声をかける奴がある。見ると撫順にいたことのあるバクチ打ちの満洲ルンペンじやないか!
「何をやっているんだね? こんなところで?」ときいてみた。
「ここへ留守番に傭われているんでやすよ。一日、十円なんですからね。」
下卑た笑いをやっている。
「そんじゃ、支那人は、危いから逃げだしてしまったんだな?」
「いいえ。」
「じゃ、どうしたんだ!」
「扉は閉めて、皆、奥に蹲《つくば》んでいるんでやす。」
「何だ! じゃ、君は、留守番じゃない門番じゃないか!」
「へへへ、それゃ、そうでやすな。」
よく聞くと、日本人が居さえすれば安全だ。そこで、支那人は、一日十円も出して、わざわざそいつを傭っているんだという。
ところで、俺れの加わった防備隊だ。
何しろ、事件が突発したのが、十八日の午後十時すぎだろう。それから二時間たって、現場から四十八|粁《キロ》距ったここで守備隊の出発防備隊の召集ときているんだ。なかなか順序がよすぎるじゃないか、とても早すぎる
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