いけないのか! それを考えると、不思議な気がした。憤おろしくなった。附近一帯曠大な土地が彼等のためでなく存在しているのだった。
 米吉は、勿論、罰金の百円はなかった。百円どころか、十円だって、五円だってなかった。とるなら勝手に取りやがれ! 巡査も、ウヤムヤで来なくなってしまった。ところが、十一月に麦蒔きが始まった頃である。お屋敷の屋根からとんでくる鳩が麦の畝《うね》をホジくった。鳩は麦の種子を食う。金肥えの鰊粕を食う。鳩を追う。が、人がいなくなると、鳩はまたやって来る。
「くそッ!」
 米吉は、とうとうカンシャク玉を破裂さした、生活の糧まで食われるという法はなかった。古い猟銃を持ち出して、散弾をこめた。引鉄を握りしめると、銃声がして、畝にたかっていた鳩は空中に小気味よく弧を描いて、畠の上に落ちた。
 しかし、すぐ、駐在所から、銃声を聞きつけた奴がとび出してきた。鉄砲の持主をセンサクした。だが、米吉はどこへかくれたか分らなかった。



底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
   1985(昭和60)年3月25日初版
   1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「黒島伝治全集第二巻」筑摩書房
初出:「大衆の友」
   1932(昭和7)年3月号
入力:林 幸雄
校正:土屋 隆
2001年12月4日公開
2005年12月6日修正
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