一本にすがりつこうとしたのが誤っていたのだ。栗本は、それが真実だと思った。病院は負傷者を癒すために存在している。負傷者を癒すと弾丸がとんでいるところへ追いかえすのだ。再び負傷すると、またそれを癒して、又追いかえすだろう。三回でも、四回でも、五回でも。
一つの器械は、役に立たなくなるまで直して使わなければ損だ。それと同じだ。そのために病院の設備はよくしなければならない! 恐らくこれからさき、ます/\よくされるだろう。しかし、それは吾々には何にもなりはしない。
栗本は、ドキリとした瞬間から、急激に体内の細胞が変化しだしたような気がした。彼はもう失うべき何物もなかった。恐るべき何者もなかった。どうせ死へ追いやられるばかりだ。
彼等は丘を下って行った。胸には強暴な思想と感情がいっぱいになっていた。足を引きずっているものがある。ひょっく/\跛を引いている者がある。防寒帽の下から白い繃帯がはみ出している者がある。彼等は、銃をかつぎ、弾薬盒と剣を腰にまとっていた。どの顔からも、まだ、患者らしい疲労がとれていなかった。
すが/\しい朝だ。バイカル湖の方から来る風に、雪を含んだ雲が吹き払われて
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