まゝ床の上に放っておかれた、大腿骨の折れた上等兵は、間歇的に割れるような鋭い号叫を発した。と、ほかの者までが、錐で突かれるようにぶる/\ッと慄え上った。
「こんなに多くのものが悉く内地へ帰されるだろうか。そんなことをすれば一年内に、一個聯隊の兵士がみんな内地へ帰ってしまわなければならないだろう。だが、そんなことはさせまい。――このうちから幾人かはシベリアに残されるんだ。」さきから這入っている者はそういうことを考えた。
 軽い負傷者は、
「俺《おれ》ゃシベリアに残される、その一人に入れられやしないかな?」心でそれを案じた。そして、なま/\しい傷を持って新しく這入って来た者に、知らず識らず競争と反感の爪をといだ。
「どこをやられたんだ? どんなんだ?」
 頭を十文字に繃帯している三中隊の男が、疚《やま》しさを持った眼で、まだ軍医の手あてを受けない傷をのぞきこみにきた。
「骨をやられてやしないんだな?」
 栗本は、何を意味するともなく、たゞうなずいた。
「そうかい。」
 と、疚しさを持った眼は、ほッとしたように、他のベッドに向いた。そこで、又何か訊ねた。隣の病室でも、やかましく呻きわめく騒音
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