た。
「何がおかしいんだ! 気狂い!」
やかましく騒ぐ音が廊下にして、もう血のしみ通った三角巾で思い/\にやられた箇所を不細工に引っくゝった者が這入ってきた。どの顔も蒼く憔悴していた。
脚や内臓をやられて歩けない者は、あとから担架で運ばれてきた。
「あら、君もやられたんか。」大西は、意外げに、皮肉に笑った。「わざと、ちょっぴり怪我をしたんじゃないか?」
「…………。」
腕を頸に吊らくった相手は腹立たしげに顔をしかめた。
「なか/\内地へ帰りとうて仕様がなかったんだからな。」
それにも相手は取り合わなかった。そして釦《ボタン》をはずした軍衣を、傷が痛くてぬげないから看護卒にぬがして呉れるように云った。痛がって、やっと服を取ると、血で糊づけになっている襦袢が現れた。それは、蒼白に、がく/\顎を慄わしている栗本だった。
看護卒は、負傷者にベッドを指定すると、あとの者を連れに、又、院庭へ出て行った。
さま/″\の溜息、呻き、訴える声、堪え難いしかめッ面などが、うつしこまれたように、一瞬に、病室に瀰漫《びまん》した。血なまぐさい軍服や、襦袢は、そこら中に放り出された。担架にのせられたまゝ床の上に放っておかれた、大腿骨の折れた上等兵は、間歇的に割れるような鋭い号叫を発した。と、ほかの者までが、錐で突かれるようにぶる/\ッと慄え上った。
「こんなに多くのものが悉く内地へ帰されるだろうか。そんなことをすれば一年内に、一個聯隊の兵士がみんな内地へ帰ってしまわなければならないだろう。だが、そんなことはさせまい。――このうちから幾人かはシベリアに残されるんだ。」さきから這入っている者はそういうことを考えた。
軽い負傷者は、
「俺《おれ》ゃシベリアに残される、その一人に入れられやしないかな?」心でそれを案じた。そして、なま/\しい傷を持って新しく這入って来た者に、知らず識らず競争と反感の爪をといだ。
「どこをやられたんだ? どんなんだ?」
頭を十文字に繃帯している三中隊の男が、疚《やま》しさを持った眼で、まだ軍医の手あてを受けない傷をのぞきこみにきた。
「骨をやられてやしないんだな?」
栗本は、何を意味するともなく、たゞうなずいた。
「そうかい。」
と、疚しさを持った眼は、ほッとしたように、他のベッドに向いた。そこで、又何か訊ねた。隣の病室でも、やかましく呻きわめく騒音
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