すが、一体、こゝだけに何人知り合いがあるんだい?」
「僅かしかありゃしねえでがすよ、顔を知っとる奴なら、三百人もありますべえか。」
「馬鹿野郎! 三百人が僅かかい……」
 こいつほど、人の懐中《ふところ》を見抜くことに機敏な奴はなかった。スリよりも機敏だった。その点、山崎自身も警戒してかゝらなければならなかった。支那で金を多額に懐中していることは、ズドンとやられる機会を、より多く持つことだ。
 陳は、蒋介石の北上と共に、だん/\はいりこんで来た南軍の密偵と、便衣隊について調べるため街に出かけたのだ。そこで、金を持っている人間から、金をくすねようとして、やりそこなったのか、それとも、便衣隊にあんまりひつこくつきまとって、あやしく思われ、発砲されたのか、今、不意に逃げ出して来たのだ。

     一四

 約、二時間の後、二人は、城東のS大学へ洋車を走らしていた。
 その大学は、日本軍と、南軍の衝突の際、盛んに活躍した便衣隊の本拠となったところである。日本の兵士は、その便衣隊に、さんざんなやまされた。それは、パルチザンと同じだった。彼等はすきをうかがって躍り出したかと思うと、すぐ安全な地帯
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