はずかしがったり、気をもんだりしたすゞと、トシ子が、うまく、やすやすとやりおおせた。親爺と幹太郎は上陸すると、すぐ眼のさきにある、税関のくぐりぬけがかえって面倒だった。女は、すらすらと通ってしまった。
親爺は、一度味をしめると、それをいいことにして、またすゞを内地へ帰らした。
すゞは、二回、三回のうちに税関をだまくらかすのを痛快がりだした。
「お前、あの時、どんな気がしたい?」
露顕した時の恐怖と、親爺への不服が忘れられない幹太郎は、あとから、すゞに訊いた。
「どんな気もしない。ただお父さんが気の毒で可哀そうだっただけ。」
「お前は、腹のまわりに袋に入れたあの粉をまきつけて、――おや、妊娠三カ月にも見えやしなくって? なんて、ひどく気に病んどったじゃないか。」
「それゃ、気になったわ。帯がどうしても、うまく結べないんだもの、――でも、そんなこと、なんでもなかった。ただお父さんが可哀そうだったの、始めて済南へ連れて来る子供とそれから花嫁さんにまでこんなことをさせなけりゃならんかと思ったら、お父さんが可哀そうで、涙がこぼれたわ。」
「なあに、見つからせんかと、びくびくものだったくせに
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