っぽけな家とはかけ離れた、工場や銀行の守備に赴くのを、はたして、ペテンにひっかゝったように、憤《いきどお》ろしく、意外に感じなかっただろうか?

     一六

 三時間の後、工場は、堅固な土嚢塁と、鉄条網と、拒馬《きょば》によって、武装されてしまった。
 機関銃が据えつけられた。カーキ服が番をしている。
 黄色の軽はく[#「はく」に傍点]土は、ポカ/\と掘り起された。
 大陸のかくしゃく[#「かくしゃく」に傍点]たる太陽は、市街をも、人間をも、工場をも、すべてを高くから一目でじり/\睨みつけていた。細い、土ほこりが立つ。火事場の暑さだ。
 上衣を取った兵士の襦袢は、油汗が背に地図を画いた。土ほこりはその上に黄黒くたまった。じゃり/\する。
「のろくさと、営所に居るように油を取ってはいけない! これは正真正銘の戦時だぞ。」重藤中尉が六角になった眼をじろじろさしてまわった。「おい、そこで腰骨をのばして居るんは誰だッ!」
 一方で掘りかえされる黄土は、他の兵士達の手によって、麻袋《マアタイ》に、つめられる。
 兵士は顔を洗うひまもなかった。頑丈な、蟇《がま》のような靴をぬいで、むせる[#
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