救い出して呉れると思っていた。
下旬になった。
軍隊は到着しだした。
汗と革具の匂いをプンとさしていた。一人だけ離れ島に取り残されたように心細くなっていた居留民は、なつかしさをかくすことが出来なかった。なによりも、内地から来たての、訛《なまり》のある日本語がなつかしかった。
二十六日、未明に、ある一ツの聯隊は、駅に着いた。
深い霧がかゝっていた。
濃厚な朱や青に塗りこくられた支那家屋、ほこりをかむったさま/″\の、ずらりと並んだ露天店、トンキョウな声で叫んでいる支那人、それらのものは、闇と霧にさえぎられて見分けられなかった。悩ましげに春を刺戟する、アカシヤの花が霧を通して、そこらの空気に、くん/\と匂っている。
兵士達は、駅前の広場で叉銃《さじゅう》して背嚢をおろした。営舎がきめられるのを待った。彼等は、既に、内地にいる時よりも、言葉も、行動も、気性自身が、荒ッぽく殺気立っていた。
「宇吉ツぁん。」
無数の小さい日の丸の旗を持って、出迎えている、人々の中から一人の女が、ふいに一等卒の柿本の前にとび出した。中年の歯を黒く染めた女だった。彼女は、柿本の腰にすがりついて、わッ
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