人か、幾十人かが最も猛烈な黄燐の毒を受けて、下顎を腐らしてしまった。
 七ツか八ツの幼年工は一年たらずのうちに軟らかい肉体を腐らしてしまった。
 そして、給料だけで、おっぽり出された。
 十元か八元で、売買人から買い取られた子供は、給料さえ取れなかった。
 彼等は働いた。
 働いて、親をも妻をもかつえさせなければならなかった。
 彼等は、去勢された牡牛のように、鞭を恐れた。
 だが、いつまでも鞭を恐れることは、永久に奴隷となることだ。
 親の家を恋しがっていた少年工は、一文の給料も取らないまゝ、ある夜、暗に乗じて逃走した。永久に買い取られてしまった子供は、逃げて行く家も、何もなかった。寄宿舎の方で涙ぐんで淋しげに黙っていた。
 王洪吉ら五人は、夕方、おずおずと、事務所へ這入った。
 給料はどうでもこうでも取らなけゃならなかった。それは当然だ!
 会計係の岩井と、社員の小山は「何だい!」と頭から拒絶した。彼等は、はげしい喰ってかゝりあいを演じた。支配人は、工人が給料に未練を残して、逃亡もしない。受取るまでは、諂《へつら》うように仕事に精を出す。――平生の見方をかえなかった。
 支那人は、
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