た。ボーイは毛布をもってきた。
「それじゃないよ。ロシア毛布じゃないか。」
 赫は大声で呶鳴った。
 中津の金のバラ撒き方は荒かった。向うにいた別の、少女のような美しいボーイが、赤茶色のロシア毛布を手にして馳せ出してきた。
「うむ、これこれ。」赫は階段のところでそれを受取った。手のこんだ、厚い、いくらか、はしッかいような毛布だ。赫は、ちょっと、両手をひねらした。と思うと、一瞬に、スッポリと美しいボーイを頭から毛布にくるんでしまった。
「※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]呀《アイヤ》!」ボーイは不意打ちを喰って、びっくりした。
「どうだい、こうやるんだ。」自分の手に入ったやり方を誇らしげに、赫は、ほかの者達を見まわした。
「こうやればもうしめたもんだ。」
 中津は満足げに笑っていた。
 山崎は、この五人のゴロツキどもを、なお、未練げになにか釣銭でも取ってやりたいように見送っていた。ふと、彼は中津の耳もとへ馳せよって、何事かを囁いた。中津は頷いた。――いくらかの金が中津へ渡された。……
 自動車は、太馬路《タマル》から、拒馬や、鉄条網が、頑張っていない、緯《ウイ》四|路《ル》へ出て、七|馬路《マル》で永※[#「糸+委」、第3水準1−90−11]門《インスイメン》の方面に曲り、日本軍の警備区域でもなく、南軍が散在している区域でもない、その中間の線を選んで迂廻した。中津は、洋車で十王殿《シワンテン》へ乗りつけた。
 おびき出した娘をかっさらッちまうのは、館駅街に於てやる。打合わせが済まされていた。
 中津は、洋車からおりた。一時間ばかり前に、飛ぶように這入って飛ぶように出てきた石畳の小路を、又とぶように歩いて行った。アカシヤの青葉が風にさらさらと鳴っていた。その下を、彼は進んだ。
 跛をひきながら、しかも、青年のように元気な足どりで。足が地につかぬものゝようだった。
 門はしまっていた。
 中津は、王錦華《ワンチンファ》を呼んだ。内部に人の気配がする。それだのに返事がなかった。また、彼は呼んだ。
 数言の強迫的な文句の後、かんぬき[#「かんぬき」に傍点]が、ガチッとはずされた。中に支那人のボーイがおずおずと立っていた。
「どうしたんだ!」
「はい。……いらっしゃいませ。」
「どうしたんだ?」
 屋内には、ついさきほどまで、ミシンをかけていたすゞが、縫いさしのドレスをそのまゝに見えなかった。俊も、一郎もいなかった。
「どうしたんだ?」
 中津は勝手を知っている部屋々々を急速に一巡した。身体だけで、何物も持たずに逃げ出したあとがあった。――「感づきやがったな! どっかへ、かくれたな。逃げだしやがった!」
 暫らくうろ/\していた。自動車で待ちかねていた連中がどやどやと押しよせてきた。
 掠奪や乱暴がすきな連中だった。
 仏壇をはねかえした。抽出しをぬいた。中の快上快《クワイシャンクワイ》と、銅子児《トンズル》が、がらくたのように床の上になだれ落ちた。
 体裁よく飾りつけられた屋内のさまざまなものが、片ッぱしからめちゃめちゃに放り出された。めぼしいものは、五人の手が、それを掴み取ると、慌てゝポケットへねじこんだ。
 娘の掠奪がいつのまにか、家財の掠奪にかわっていた。
 それも彼等には、非常に面白かった。

     二七

 幹太郎と、お母《ふくろ》は、病院から家へ帰ろうとした。洋車に乗った。
 何処からともなく、小銃の音が五六発聞えた。
 花火だと思った。
 街を、剽悍《ひょうかん》な蒙古騎兵の一隊が南へ、砂煙を立てながら、風のように飛んで行く。
 カーキ服の兵士達は、着剣した銃をさげ、ばらばらとそのあとへ現われた。豆をはぜらすような、小銃の発射は、方々ではげしくなった。緯《ウイ》六|路《ル》へさしかゝると、俥夫は、おじけづいて、しりごみした。
「早くやれッ! 家へ帰ってみなきゃならんのだ!」
 緯五路まできた。壁が厚い洋館の二階から発射される弾丸が、ヒウヒウと、街路の上をとび交うた。
 兵士が走る。はだしで、シャツの前をはだけた日本人が走る。紅い繻子《しゅす》の、前髪の女が、ころげそうに走る。
 そこから、緯三路まで、突ッきって行く。その間が、幹太郎自身も、危険だと感じずにいられなくなった。
「早くやらんか! なに、マゴ/\しているんだ!」
「旦那、いけましねえ。いのちあぶない。」
「かまわん! やれ、やれッ!」
 しかし、苦力は、どうしても進まなくなった。
 これは、彼の家の掠奪に引きつゞいて急激に起ったことだった。まさに崩れようとする家は、一本のくさび[#「くさび」に傍点]をはずしても、巨大な屋台骨が、一度に、バラ/\に崩壊してしまうものだ。喧嘩買いには、袖がちょっと触れるだけで十分だ。それが、結構云いがかりとなる。
 中津
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