使ってる奴ですがね、滑稽な奴で、二時間もどっかでぐず/\してやがって……」

 陳長財は、現在、山崎にとって、ごく必要な人物だった。彼は、もと、上海の碼頭《はとば》苦力《クリー》だったという話である。中津が、青島から帰りに、周村でつれてきて、呉れてよこした男だ。
 中津は陳を呼んで、魚心があれば水心だ。それ相当のむくいをしてやる。が、俺れと、俺れの兄弟を裏切るような行為をしくさったくらいにゃ、生かしては置かないぞ。お前だけじゃない、お母アをも生かしちゃ置かないから、と数言を費した。
「こいつは昨日まで南軍の密偵をつとめたかと思うと、今日は、早や、こっちへ寝がえりを打つような奴なんだから[#「なんだから」は底本では「なんだからら」]。」と、中津は、山崎に注意した。「ちびり/\しか金をやらないのに限るんだ。前金でも渡したら、もう、手にとれなくなっちまうぞ。君が、しょっちゅう、こいつをキュウキュウさしとく必要があるんだ。」
 それから、又、
「こいつの云うことを、まるきり信用してかゝっちゃ駄目だよ。――それゃ、云うまでもないこっちゃが、支那人は金にさえなると思ったら、どんなありそうなことでもねつ[#「ねつ」に傍点]造して持って来る奴なんだから。」
「うむ、分ってる、分ってる。」と、山崎は答えた。
 陳は、独逸から送った武器の送り状とか、それを荷役している現場の写真、弾薬を受取った受取り、など、そんな重要な証拠物件を、どこからか手に入れていた。云いつけると、外交部から交付される筈の、外国へのパスポートまで、ちゃんと、印まで間違いのない印を捺《お》して拵《こさ》えてきた。だから、日本でパスポートがおりない者でも、ここで、支那人に化けて、支那の名前をつけさえすれば、陳の手でロシヤへのだって作ることができた。間違いのない筆で、領事館の裏書までしてあった。面白い。
「また、やってるな!」
 山崎と歩いていると、ふと、見知らぬ男が、陳に、にやにや笑いかけて行きすぎることがある。一日に、二人や三人は、そんなえたいの知れない奴に出会した。この男は、どんなところへでも頸を突きこんでいるらしかった。
「今のは何者だい。」
「あれですか、なに、あいつは、ジャンクに乗ってた時、一緒に働いてた船方でがすよ。あれで、今なか/\金をしこたまこしらえてるんでがすよ。」
「貴様、しょっちゅう知り合いに出会
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