の寄宿している宿へ入り、彼等の飢えた性欲を十分に満足させた。
 ところが、女教師は、兵士に、そのことを内所にしといて呉れと頭を下げて頼むのだった。兵士は金を要求した。教師は弱味につけこまれた。金を出した。
 しかし、二人は青黒い兵営に帰ると、そのことを、ほかの者達にすっかり名誉のようにバラしてしまった。
 夜になると、まだ味をしめない兵士等が、群をなして学校へ押しよせて来た。支那語の叫喚、金属的なざわめきが、遠くで騒がしく起った。
 街では、毎晩、そこ、ここの家々が、武器を持った兵士等に襲われた。「諱三路《ウイサル》の×さアん、いらっしゃいますか? 急用!」映画を見ている最中に、木戸から誰かが呼ばれると、呼ばれない、附近の者までがギクリとした。――おや、又、強盗かしら?
 兵士達は食に窮していた。顔と頭を黒い布で包み、大きな袋のような大褂児《タアコアル》に身をかくしている。それは、どこでもかまわず、めちゃくちゃだった。
 土匪のように現金のある家をねらった計画的なものじゃなかった。それだけに尚、厄介だった。貧乏な者までが、気が気じゃなかった。
 そいつは押し入ると、獲物を求める、夜鷹のように、屋内を、隅から隅へ突きあたり、ひっくりかえした。はね上がったり、すねを突いて、物置の奥へ手を突ッ込む拍子に、大褂児の裾から、フト軍服の※[#「ころもへん+庫」、第3水準1−91−85]子《クウズ》がまくれ出た。
「おや、兵隊だ!」
「兵隊がどうしたい?」
「兵隊だって食わずにゃ生きとれねんだぞ。督弁《トバン》は一文だってよこさねえし!」
 そいつらは正体を見破られて引っ込むどころじゃなかった。「我的我的《オーデオーデ》! 爾的我的《ニーデオーデ》! (おれのもんはおれのもんだ! お前のもんはおれのもんだ!)」
 工場では、内川が、北伐にともなう、共産系の宣伝と組織運動、動乱にまぎれての工人の逃亡に対する対策に腐心していた。
 頭の下げっぷりが悪い、生意気な者には、容赦のないリンチが行われた。
 工人は妻のある男も、夫のある女工も、門外に出ることを絶対に禁じられた。すべてが、二棟の寄宿舎に閉じこめられてしまった。
 門鑑は、巡警によって守られていた。
 巡警は、公司《コンス》の証明書を持たない者には、一切入門を拒絶した。
 逃亡の防止策としては、給料が払われなかった。工人達は、三
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