、ことは分っていなかった。地下の秘密室にかくして置いた銀貨まで、あとで帰って行ってみるとなくなっていた。それも分っていなかった。
「普利門は、一番、被害のひどかった方面じゃないか。」
「そうらしいんだ。まだ、見に行くことも出来ねえんだ。」「俺等は、何のためにここへ来とるんだね?――折角やって来て、自分の肉親さえ、保護することも見ることも出来ねえって、……身体だけでも無事でいてくれればいゝがね。」
「うむ、気にかゝって仕様がないんだ!」
「俺等が、わざわざここまでよこされて、本当の親がいるとしてもだ、その親を守ることさえ出来ないんだぞ。……これが真相だよ。これが現在の、われ/\の置かれている位地の真実の姿だよ。大金を持っている奴等だけしか守られはしないんだ。そのために、俺等を犠牲にすることは、いくら犠牲にしたって、なんとも思っちゃいないんだ。」と高取はつゞけた。「ここで、工場を守らしながら、工人は、いじめつける。南軍は、追ッぱらわす。満洲の利益は、ちゃんと、これで確実に握りしめて置こうと考えているんだ。満洲が、奴等にとっちゃ、一番大切なんだからね。俺等は、月七円かそこらの俸給を貰うだけだよ。そして生命は、只で大ッぴらに投げ出してあるんだ。利益は何にもありゃしない。内地へ帰れば、やっぱし稼がなければ、金は取れやしないよ。満洲の防壁となってやったって、一生涯、遊ばして食わしちゃくれやしめえ。……実際居留民の保護だけなら、何故、こんな不便な、きたないマッチ工場の南京虫がうようよしている寄宿舎に入れて置くかね? 小学校だって、居留民団だって、KS倶楽部だって、もっときれいな、大きい建物がいくらでもあるんだ。そして、そっちの方が便利なんだ。それを、工場に置くのは、工人を圧えつけるためと、工場を守らす以外に、どこに理由が見出されるかね。」
 柿本は、高取の放胆な話しッ振りに似ず、しみ/″\とした心持になった。
「俺等が支那を叩きつける役に使われて、工人や百姓の運動を、邪魔すりゃ、邪魔するほど、俺等の内地の暮しが苦るしくなるんだ。」また高取は、そんな話もした。「支那を弾圧してニコニコしているのは大金持だけだよ。大金持は、それで、また、金を儲けら。……金を儲けりゃ、その金を使って内地で俺等をからめ手から押しつけるんだ。どっちにしたって、俺等だけが部分的によくなるちゅうことはあり得ない
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