に、呻いたり、わめいたりしていた。何十人いるか? 何百人いるか、数がわからない。着剣した銃を持って、四五人のカーキ色の兵士が、ばらばらと立っていた。
 ふと、俊が、何か叫ぶと、彼女の手を重く引いて、地上にがくッとへたばった。
「どうしたの?」
 俊は、流弾に脚をうたれていた。白ッぽいメリンスに血がにじんでいた。
「どうしたの?」
 傷の痛さよりも、弾丸にあたった意識が、すっかり、張りつめた気持を奪ってしまった。俊は、どうしても立ちあがれなかった。ほかの者はどんどん彼女達を抜いて走った。
 すゞは、妹に、自分の肩へすがらして、背負って立上った。二人だけが一番最後に取り残されていた。たび/\重い妹をすり上げた。つめたい血が、せわしくかわす、ふくらはぎに、ぽた/\流れかかった。
 ……人々は、S銀行の舎内のゴザの上で、一夜を過した。二枚のゴザの上に、十三家族が坐るのだ。医者はなかった。すゞは、ハンカチを裂いて、うたれた紫色の俊の太股をしばった。
 二人には、ゴザの端もあたらなかった。板の上に坐った。
「そこでは痛いでしょう。これに坐んなさい。」
 お歯ぐろをつけた小さいおばさんが、自分のねまき[#「ねまき」に傍点]をゴザの代りにひろげた。
 すゞは、そのおばさんの顔を知らなかった。しかし、その上で血で、ねまきを汚さないように気をつけながら俊に脚をのばさした。
 二人は、並んで、おばさんの、ねまきの上に寝た。
「あゝ、恐ろしいこった。今日中にどれだけの人間が殺したり、殺されたりしたか、数が知れまい。」
 と、おばさんは吐息をして、なむあみだぶを唱えた。
「……すっかり財産を失った人がどれだけあるか知れまい……百ではきくまい。家を壊されてしまった人だって、どれだけあるか!……あ、あ、怖いこった! 怖いこった!」
 なむあみだぶ。
 なむあみだぶ。
 夜はふけた。俊は、歯を喰いしばって疼痛をこらえようとしたが、唸きが、ひとりでに、その歯の間から漏れた。
 大砲は、なお遠くで、静けさを破って轟いていた。人の鼾声《いびきごえ》や、犬の吠えるのがきこえる。電燈だけが、ます/\明るくなっていた。憲兵の靴が、廊下にコットン/\とひびいた。
 翌日、お昼すぎ、二人は、脚を怪我した父と母がいる病院へつれて行かれた。
 そこで、俊は手あてを受けた。

     二八

 軍隊と戦争には、殺戮《
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