鍋釜をかついだ大行李の人夫等が、駅頭に着いた。
一台の立派な自動車には、抜身のピストルを持った二人の少年兵が左右に立って、注意を怠らず、そこらにじろじろ眼を配っていた。少年は懸命の努力にも拘わらず、どうかすると、こッくりこッくりと、脳髄が執拗な睡眠に襲われ、立ったまゝひょっと他の世界に引きずりこまれそうになった。
自動車は、前後、左右を騎兵によって守られていた。まだ、あとに自動車はつゞいている。
一隊は、街頭の拒馬に遮られた。馬も、車も、速力をゆるめ、辛《かろう》じて、その間をくゞりぬけた。ピストルの少年が立っている自動車の窓から、ふと、面長の、稍《やゝ》、頬のこけた顔が、頸を出した。「これは何だね?」かんかん声で呶鳴った。
「これは、日本軍の作りつけたものであります。」
「何のために、横暴にも、こんなものを作りつけたんだ。」と、けいけいとした、黒玉のしょっちゅう動いている眼で、附近を見やりながら、「土嚢塁もあるし、鉄条網は、そこら中いっぱいじゃないか。」
「はい。」
「兵タイが立っている、機関銃まで据えつけている、……これは、わが革命軍に対して敵対行動をとるにも等しい仕わざじゃないか! 何故、君等は、こんなものを撤退することを要求しなかったか!」
「は、……」
自動車の傍の馬上の男も、参謀か、師長であるらしかった。
「早速、こんなものを、全然撤退してしまうよう、厳重に抗議しなけゃならん!」
拒馬の間をくゞりぬけると、自動車の速力は加わった。こくりこくりしかけていた少年兵は、ふと頭をゴツンと打って眼をあけた。一隊は城内に向って疾駆した。
これが、一年前在モスクワの息子経国から「……いまやあなたは支那国民の敵となった。父上あなたは、反革命の英雄であり、新しき軍閥の頭領であります。あなたは上海において労働者を虐殺しました。これに対して全世界のブルジョアはむろん歓迎の辞を以てあなたを呼びかけるでしょう、帝国主義者は、数多の贈物をもたらすでしょう。しかし、プロレタリアートが一方に厳存していることを、ゆめ、忘れては下さるな! 父上、あなたはクーデターによって一世の英雄となった。しかし、あなたの勝利は一時的なものと信じます。父よ! コンミニストは日を逐うて、戦いの用意を整えている……」この悲痛な手紙を突きつけられた、裏切者、蒋介石の軍司令部の一行だった。
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