ノタメニ、諸君ハ支那ノ労働者、農民、兵士達ト力ヲ結合セヨ!
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「おいおい、これゃなんだい。こんなものを外套の間へ突ッこんどるが。」
 勤務が終って帰って来た兵士達に、この奇怪な紙片が眼にとまった。
 巻脚絆を解いて、自分の背嚢に近づいた。製麺職工の玉田にも、その紙片は眼にとまった。那須も紙片を拾い上げた。
「おや、これゃ、こんなもんは、届けんきゃなんないぞ。」
「待て、待て! 何だか訳が分らずに届けることが出来るかい!」
 高取が幅のある声で訓練所を抑えつけた。
 夕暮れになっていた。薄暗い寄宿舎で、彼等は、それを読んだ。読んでしまうと、互に顔を見合わせた。そして、かげにかくれて、盗んでするような微笑を浮べた。
「これゃなんだい……なかなか面白い奴がいるね。」
「これゃ、チャンコロの仕事だ。チェ!」
「なんだい。これッくらいのこたァ、俺れでも知ってるぞ!」
 黙り屋の那須は一心にそれを読みかえしていた。
「諸君が、革命的連帯の固き握手に達するためには、如何なる犠牲をも辞するな。」高取は最後を、声をあげて読みかえした。「両側から反革命の戦線を切り崩せ。支那革命擁護のために諸君は、支那の労働者、農民、兵士達と力を結合せ!――そうだ、全く、その通りだ!」
 まもなく、寄宿舎と工場内に大騒動が起った。兵士達は、その場に立たされた。慌てふためいた支配人、社員、中隊長、重藤中尉、特務曹長が、そこら中をかけずりまわった。
 ポケットがさぐられて、頬ッぺたがぶん殴られた。アンペラから、毛布から、背嚢から、私物まで、すっかりひっくりかえされてしまった。
 伝単が持ちこまれた径路と出所が厳重に詮索せられた。二百何十名かの工人は、一人々々裸体にひきむかれた。女工も素裸体にせられた。
 くさい[#「くさい」に傍点]工人は、キリストのように、柱にくくりつけられた。そして工人たちの底の平ぺったい汚れた支那靴が、しきりに宙を苦しげに踏んばっていた。
 伝単は、恐らく猿飛佐助でもが持ちこんだものだろう。誰の仕業だか、あきていやになるまで探しても分らなかった。
 兵士たちの殴られた頬は、まだ、ぴりぴりはしっていた。こんな場合、いつも真先に睨まれる高取は、頭に角《つの》のようなコブが出来ていた。ごったかえしたあとを掃除して、寝についた。油を搾られたにもかかわらず、彼等は、腹の
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