けても、まっさきにここは占領しなけりゃならんと思ってるんだな。」
「そうだよ、そうだよ、支那を取るためにそう思ってるんだよ。」
「しかし、俺等は、俺等として出来るだけサボって邪魔をしてやるさ。鉄砲をうてと云われたって、みんなうたねえんだな。」
 だが、彼等は、まだ、自分たちの支配者を憎み、出兵に反対していたが、皆なが同じ一つの意見を持っているのではなかった。
 この現在の持場において俺等が、今すぐ、一箇師団を内地へ引き上げさし、支那から手を引かすことは、なし得ない。出来ない相談だ。しかし俺等は、俺等として仕事がある。如何に、軍隊が、俺等の目あてに反することに使われていようが、それだからと云って軍務を放棄してはいけない。俺等は、俺等が、本当に生れ出る日のために、市街戦を習っておくのだ。装甲自動車の操り方を習っておくのだ。その日のために戦うのだ。
 木谷は、小声で語った。高取は、半分頷き、半分かぶりを振った。
「その日のためにか。それはいゝ。しかし、君はいつも気が長いぞ。しかし、現在、吾々の眼前で、吾々の手で叩きつぶされつゝある支那の労働者はどうするか?」
 二人は、入営前まで、同じ工場で働いていた。木谷は、几帳面《きちょうめん》で、根気強い活溌な性質がとくをして、上等兵になっていた。
 高取は一年間の勤めを了えて、二年兵になったその日に、歩哨に立っている場所を離れて鶩《あひる》を追っかけまわした。そして軍法会議にまわされた。
 彼は、夕暮れに、迷《ま》い児《ご》となった遅鈍な鶩を、剣をつけた銃で突き殺そうとした。そして、追っかけた。
 練兵場から、古いお城の麓の柴山の中にまで、五町ほど、鶩を追って、追いこんでしまった。鶩は、ぶさいくな水かきのある脚を、破れるばかりにかわして、ひょくひょくした。とうとう突き殺せなくて、靴で踏みつぶした。彼はホッとした。そして長い頸を垂れた鶩の脚を提げて立ちあがった。その時、巡察将校に見つかってしまった。
 彼は、償勤兵となったことを、恥ずかしがりもしなければ、引けめに感じもしなかった。機械を使うのがすきだった。殊に、軽機関銃を使うのがすきだった。空砲射撃の時にでも、多くのよせて来る奴等を、この銃一ツで、雨が降り注ぐようにやッつけることを想像しながらタッタタタとやっていた。
 すこし馬鹿な、まがぬけた彼の性質が、みなの人気をあおっていた。
前へ 次へ
全123ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング