やする青二才があるから、のさばりやがるんだ。(これは幹太郎へのあてつけだ。)貴様、共産党の手さきであろうが!――工場が占領出来るんなら、占領して見ろ!……こらッ! もう一度、あの晩のような口はばったいことを、ぬかして見ろ!」
小山は近づいてくる兵士達が、自分のうしろ楯《だて》だと意識した。
怒りにゆがんだ彼の顔が、兵士たちの方へは、一寸、にこりとほころびた。
が、于《ユイ》に向っては、すぐもとの通りにひきゆがんだ。
職場で、工人達は、水を打ったようにしんとなって、耳を澄まし、仕事をつゞけていた。器械の動く騒音だけはつづいていた。
ある者は、軸列機を動かす手を休めて、そッと、社員に発見されないように、窓のかげから、小山が、于のもう一方の拇指《おやゆび》に針を突き刺すのを見つめていた。やはり、それを見ている、気の弱い少年工は、自分が刺されるような気がして、顔をそむけた。
「貴様ッ、まだ、ふてぶてしくかまえていやがるんか!――李、今度は、濡皮鞭《ぬれかわむち》だ、濡皮鞭を持って来い!」
小山のかんかん声がひゞいた。
ノホホンをきめこんで、作業をつゞけていた工人までが、今度は、はッとした。手をとめ、お互いに顔を見合わした。于立嶺が、代表者の一人となって、賃銀支払の要求を突きつけた、そのかたき[#「かたき」に傍点]を打たれている。彼等は、それを知っていた。同時に、于、一人に、リンチを加えるだけでなく、工人全体をも嚇かしている意味を知っていた。――兵タイさえ、居なけゃ、俺等が、みんなが立ってやるんだ! と、心で泣いている者もあった。
「どうです、もう、いいかげんでよしてはどうです。」
と、見ている兵士の柿本が云った。
工人達は、小山の骨ばった手に握られた濡皮鞭を見て、裸体にひンむかれて、筋肉がぼろぼろにちぎれるほどしぶきをあげられる、場面を眼の裏に描いた。
警察の拷問によくある場面だ。
于の悲鳴と、小山の噛みつける声がも一度した。濡皮鞭が、物体に巻きついた。ピシリ。ピシリ。切れるような音だ。
その時、豪放な、荒っぽい兵士がとび出した。
「よしやがれ! コン畜生! 出来そこないめ!」
兵士は、小山の病的な横ッ面を張りとばした。濡皮鞭を持った小山の骨ばかりの手は、たくましい兵士の腕で、さかさまに、ねじ曲げられた。
「俺等が来とると思って、工人をひどいめにあ
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