武装せる市街
黒島傳治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)塵埃《ほこり》の色をした苦力《クリー》が

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|打《ダース》ずつ

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)ヘロ※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]《いん》者

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)フゴ/\していた。
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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     一

 五六台の一輪車が追手に帆をあげた。
 そして、貧民窟を横ぎった。塵埃《ほこり》の色をした苦力《クリー》が一台に一人ずつそれを押していた。たった一本しかない一輪車の車軸は、巨大な麻袋《マアタイ》の重みを一身に引き受けて苦るしげに咽びうめいた。貧民窟の向う側は、青い瓦の支那兵営だ。
 一輪車は菱形の帆をふくらましたまゝ貧民窟から、その兵営の土煉瓦のかげへかくれて行った。帆かげは見えなくなった。だが、車軸はいつまでも遠くで呻吟《うめき》を、つゞけていた。
 貧民窟の掘立小屋の高梁稈の風よけのかげでは、用便をする子供が、孟子も幼年時代には、かくしたであろうと思われるようなしゃがみ方をして、出た糞を細い棒切でいじくっていた。
 紙ぎれ、ボロぎれ、藁屑、披璃のかけらなど、――そんなものゝ堆積がそこらじゅう一面にちらばっていた。纏足《てんそく》の女房は、小盗市場の古びた骨董のようだ。顔のへしゃげた苦力は、塵芥や、南京豆の殻や、西瓜の噛りかすを、ひもじげにかきさがしつゝ突ついていた、[#「、」はママ]彼等は人蔘の尻尾でも萎れた菜っぱでも大根の切屑でも、食えそうなものは、なんでも拾い出してそれを喰った。
 一輪車が咽ぶその反対の方向では、白楊の丸太を喰うマッチ工場の機械鋸が骨を削るようにいがり立てた。――青黒い支那兵営の中から四五人の白露兵が歩き出して来た。
「要不要《ヨウブヨウ》?」
 客を求める洋車《ヤンチョ》の群《むれ》が、どこからか、白露兵の周囲にまぶれついた。苦力のズボンの尻はフゴ/\していた。彼等は、自分だけさきに客を取ろうと口やかましく争った。
「要不要?」
 ロシヤ人は、洋車の群に見むきもせず、長い脚でのしのし
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