三郎の家に火をつけた。が、それは、火事とならずにもみ消された。小作人も、はずされた仲間の方についた。伊三郎の田は、六月の植えつけから、その三分の二は耕されず雑草がはびこるまゝに荒らされだした。
 だが、それから間もなくだった。
「や、大変なこっちゃ。これゃ、何もかもわや[#「わや」に傍点]じゃ!」
 親爺はぴっくりして、鶏の糞だらけの鶏小屋の前で腰をぬかしていた。
「どうしたんじゃ? どうしたんじゃ?」
「これゃ、わや[#「わや」に傍点]じゃ。 何もかもすっかりわやじゃ。来てくれい! どうしよう? どうしよう?」
 親爺は腰がぬけて脚が立たなかった。彼が鶏に餌をやろうとしていた時、KS電鉄の重役が贈賄罪で起訴収容され、電車は、おじゃんになってしまったことを、村の者が知らしてきたのである。
「何だ、そんなことで腰をぬかすなんて!」
 僕は立つことの出来ない親爺を見ながらなぜか、清々とするものを感じるのだった。
 村は、歓喜の頂上にある者も、憤慨せる者も、口惜しがっている者も、すべてが悉く高い崖の上から、深い谷間の底へ突き落されてしまった。喜ぶことはやさしかった。高い所から深いドン底へ墜落
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