当に書こうとしていることは、人類全体の上に蔽いかゝっている運命の力との関係であるようだ。この意味から云えば「海戦」は一種の運命悲劇である。
 フリッツ・フォン・ウンルウ。――ウンルウの初期の作、つまり欧洲大戦以前に書いた、「士官」(一九一二)「プロシャ王子ルイ・フェルディナント」(一九一四)には、彼が属している階級のイデオロギーを極めてはっきり反映して居った。彼は、貴族出の軍人で所謂独逸精神――理想主義的な観念が基調になっている――を持った男であった。だから作品の中には、抽象的な観念ばかりが出ている。それが、大戦にドイツ皇太子の副官として出征した。そこで彼は戦争の惨禍を見た。それが彼の観念を大きく、深く、拡めると共に、明確な一定の方向を与えた。平和論者になり、人類愛主義者になった。そこで、彼は、塹濠の中で「決定の前に」という詩を書いた。ヴェルダンの要塞戦については、それからして、「犠牲の道」という悲壮な憤激の物語を書いた。これは、偶然にも、アンリ・バルビュスの「クラルテ」と同年(一九一九年)に発表された。
 表現派は、多く、戦争に反対し、その悲惨、その暴虐を呪咀し、絶叫してはいるが、唯心論的で、たゞ、主観的な強調に終始している。ブルジョア作家の戦争反対はこれ位いにして、プロレタリア文学に移ってみる。

      四

 アンリ・バルビュスの「クラルテ」も欧洲大戦から生れた、反軍国主義文学である。この小説は、はじめの方はだらだらしていて読みづらい。バルビュスは、戦争の惨禍を呪咀するばかりでなく、戦争の責任者に対して嫌悪を投げつけ、インタナショナルの精神を高揚している。「そこで君達は、祖国の武装を解かせねばならないのだ。そして、祖国観念を極度に収縮放棄して、重大なる社会観念を持たなければならないのだ。君達は、軍閥的国境を湮滅《いんめつ》しそれよりもっと悪い経済的商業的障碍を取り除かねばならないのだ。保護貿易主義は、労働の発達の中へ暴力を導引《みちび》き入れるものであり致命的な軍国主義の狂態を齎らすものなのだ。君達は、各国家の間では正当なことゝ云われ、各個人の間では『殺人』『窃盗』『不正競争』と呼ばれているところのものを廃滅しなければならないのだ。これ等のものを取除くのは、特に[#「特に」は底本では「持に」]君達でなければならないのだ。何故なら、それらのことをやるのは君達だからだ。何処へ行っても君達だけが不滅な力と、私心を交えない朗らかな良心とを持った君達だけがこれをやり得るのだ。君達は、君達自身のために戦争をやるようなことはないのだ。
 君達は、大昔の魔法や、神の殿堂などを怖れてはならない。君達の巨然たる理性は、信者達の富の根を止める偶像を破壊しなければならない。」
「世界的共和は、この人生に於て、万人の権利を平等たらしめるための避くべからざる結果なのだ。平等の観念に立脚して進むならば人民のインタナショナルに到達するであろう。若しも其処へ到達しないならば、それは正しい道理に立脚していないからなのだ。」
 こういう風に、バルビュスはインタナショナルを叫んでいる。
 プロレタリアートは、帝国主義的、侵略的××に対して絶対に反対する。従って、プロレタリアートの反戦文学には、それが表現されなければならない。ブルジョアは、戦争の真の原因を民衆の眼から隠蔽する。「彼等は、人民に向って云う、――一旦、お前達の上にいる人々の思う通りの勝利が得られた暁には、あらゆる暴政は魔術にかかったように影を消してしまって、地上に平和が来るのだ。――と、それは、ほんとではない。××による支配が来るまでは、地上に平和は来ないのだ。」それから彼は、他の箇所で全世界の兵卒に向って云う。「人間の群の中から出鱈目に掴まえられた男よ、記憶するがいい。――君が君自身であったことは片時もなかったのだということを! 『ねばならん! ねばならん!』という冷酷な絶対命令の下に君が屈服しないですんだことは断じてなかったのだ。平時には、商工業の機械工場で、不断の労働の規則に取り囲まれ、道具の奴隷となり、ペンの奴隷となり、才能の奴隷となり、又は、何か他の物の奴隷となって、朝から晩まで休息することもなく日々の労役に曳きずられる君よ。それによって、君はやっと生活を凌いで夢の裡に安息することだけは出来た。
 君が決して欲しなかったこの戦争が来ると――君の国や名は問う要がない――君をしかと握っていた怖しい運命は、きっぱりその仮面を脱ぎ捨てゝ、喧嘩好きな複雑な正体を現わしたのだ。宣告の風が起ったのだ。
 君の身体は徴発される。刑法上の逮捕と同じような威嚇の方法で君を捕える。如何に貧窮なものも、誰一人としてこの逮捕から逃げることは出来ない。君は営舎の中に××される、虫の如く裸に[#「裸に」は底本では
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