、自分の心のまことを、そのまゝ吐露したものである。――そういう風に云った。戦争に行く息子を親が新橋まで見送って、「達者で気をつけて無事で行って来い!」と別れの言葉を云う。その気持と同じ気持を歌ったものである、と。
 この詩は、全然個人的な気持から戦争に反対している。生活の中心がすべて個人にあった。だから最も恐ろしいのは、死である。殺し、殺されることである。
 人道主義になると、五十歩百歩ではあるが、いくらか考え方が広汎になり、戦争の原因を追求しようとする慾求が見えて居る。中途半ぱな、生ぬるいところで終ってしまっては居るが。
 武者小路実篤の「或る青年の夢」は、欧洲大戦当時に出た。これは、人道主義の戦争反対である。
 この場合に於ても、死の恐怖、人間が、人間らしい生活が出来ない悲惨を強調している。ところがこゝでは個人よりも人類が主として問題になっている。戦争は、他国の文明を破壊し、他国を自国の属国にしようとするところから起って来る。他国を属国とし、他国を征服すれば得をすると考える利己主義者があるから起って来るのだ。けれども、その利己主義が誰れであるか、それは考えていない。戦争をなくするには、人間が国家の立場で物を見ずに、人類の立場から物を見ることである。他国の文明をはなれては自国の文明が真の意味では存在出来ないというのが人類の意志である。人々は、人類の意志を尊重することを知らないからいかんのだ。人類の意志を無視する所から戦争は起る。国家主義が人類の意志に背く所に戦争は起る。これが「或る青年の夢」を貫く中心思想である。すべてが人類である。人類は、万物の霊長でほかの動物とは、種を異にする特別のものゝようである。

      三

 ブルジョアジーは、眼前の悲惨や恐怖から戦争に反対はしても、決して徹底的に戦争を絶滅することは考えてはいない。若し考えてもそれは生ぬるい中途半ぱなものであって、結局に於ては反動的な役割をしかなさない。理想主義か或は現状維持の平和主義である。そこで、ブルジョアジーは戦争反対の文学に於ても、明かに、その階級性を曝露している。
 欧洲近代文学に於ても、戦争に反対しているものは、なかなかの数に上る。大体、その名前だけを挙げて、プロレタリアートの反戦文学に移りたい。
 ジャン・ジャック・ルソオ――「恒久平和の企図」
 エミイル・ヴェルハアレン――「黎明」(この戯曲に於て、ベルギイの詩人は人類社会の甦生の希望を述べている。オビドマアニュの市街が敵軍に包囲され、そのうちに、攻防両軍の革命家が叛乱を起したため、ついに戦いが終了するのである。)
 レオ・トルストイ――「セバストポール」「戦争と平和」「想いおこせ」等
 フセオロド・ガルシン――「卑怯者」「愚かなイワノフの覚書」「四日間」
 レオニイド・アンドレーエフ――「赤き笑」
 それから仏蘭西の小説家ギイド・モウパッサン、ジョセフ・アンリ・ロスニイ、人道主義者ロマン・ロオラン、英吉利の戯曲家、バナアド・ショウ、アメリカの詩人、ホイットマン、等も、或は激烈或は皮肉、或は悲痛な調子で戦争に反対している。
 独逸の表現派になると、世界大戦後に発生したものだけあって、戦争反対のものがなか/\多い。
 ハアゼンクェフェル――「アンティゴオネ」(希臘劇を改作したものであるが、彼はこれを大戦に結びつけ、タレオンを、前の独逸皇帝ウィルヘルム二世に擬し、戦争のために寡婦となったもの、孤児となったもの、不具となったものをして王に向って飢餓と傷痍を訴えさせ、「将軍を市場に晒せ」と絶叫せしめている。)
 フランツ・ウェルフェル――「トロヤの女」(戦敗者の悲惨と戦勝者の残酷とを愁訴したものである。)
 エルンスト・トルレル――「独逸男ヒンケルマン」「変転」(独逸男ヒンケルマンは戦争で睾丸を失った男の悲痛な生活を書いたものであるが、多分に人道的である。)
 ラインハルト・ゲエリング――「海戦」(海戦の中の第五の水兵は叛乱の志を持っている。)

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第五水兵。俺たちは何のために今戦っているんだ。
第一水兵。海上を自由にするためだ。
第五水兵。じゃ、そのために母親はお前を養ったんだな、じゃ、それがお前の魂の意味なんだな。そのためにお前の身体は大きくなったんだな。
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(中略)
声々。祖国、祖国、何をまた俺達から欲しいんだ。祖国、祖国、死が俺たちを氷のように貪り食べる。俺たちが此処に斃れるのを見て呉れ、祖国。俺たちに死を与えろ、死を、死を、死を与えろ、死を。
(爆発。第一、第四、第五水兵はもぎ取られた瓦斯除けマスクをつけて死にながら横たわる)
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 表現派は、主観主義である。だから、ゲエリングは、反戦的ではありながら、本
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