も、掘り拡げても、なお、そのさきに、黄銅鉱がきら/\光っていた。経験から、これゃ、巨大な鉱石の大塊に出会《でっくわ》したのだと感じた。と、畜生! 井村は、土を持って来て、こいつを埋めかくしてやろうと思った。いくら上鉱を掘り出したって、何も、自分の得にゃならんのだ。たゞ丸の内に聳えているMのビルディング――彼はそのビルディングを見てきていた――を肥やしてやるばっかしだ。この山の中の真ッ暗の土の底で彼等が働いている。彼等が上鉱を掘り出す程、肥って行くのは、自動車を乗りまわしたり、ゴルフに夢中になっているMの一族だ。畜生! せめてもの腹癒せに、鉱石をかくしてやりたかった。
女達は、彼の背後で、ガッタン/\鉱車《トロ》へ鉱石を放りこんでいた。随分遠くケージから離れて来たもんだ。普通なら、こゝらへんで掘りやめてもいゝところだ。喋べくりながら合品《カッチャ》を使っていた女達が、不意につゝましげに黙りこんだ。井村は闇の中をうしろへ振りかえった。白服の、課長の眼鏡が、カンテラにキラ/\反射していた。
「どうだい、どういうとこを掘っとるか?」
採鉱成績について、それが自分の成績にも関係するので、抜目のない課長は、市三が鉱車《トロ》で押し出したそれで、既に、上鉱に掘りあたっていることを感づいていた。
「糞ッ!」井村は思った。
課長のあとから阿見が、ペコ/\ついて来た。課長は、石を掘り残しやしないか、上下左右を見まわしながら、鑿岩機のところまでやって来た。そして、カンテラと、金の金具のついた縁なしの眼鏡を岩の断面にすりつけた。そこには、井村の鑿岩機が三ツの孔を穿ってあった。
「これゃ、いゝやつに掘りあたったぞ。」
彼は、眼鏡とカンテラをなおすりつけて、鉱脈の走り具合をしらべた。「これゃ、大したもんに掘りあたったぞ、井村。」
井村は黙っていた。
「どうもこゝは、大分以前からそういう臭いがしとりました。」「うむ、そうだろう。」と阿見が答えた。
阿見は何か、むずかしげな学問的なことを訊ねた。課長は説明しだした。学術的なことを、こまごまと説明してやるのが、大学で秀才だった課長はすきなのだ。阿見は、そのコツを心得ていた。
「全く、私も、こゝにゃ、ドエライものがあると思って掘らしとったんです。」
「糞ッ!」
又、井村は思った。
課長の顔は、闇の中にいき/\とかゞやいていた。
間もなく、八番坑には坑夫が増員された。
課長は、鉱石の存在する区域をある限り、隅々まで掘りおこすことを命じた。井村の推定は間違っていなかった。それは、恐ろしく巨大な鉱石の塊《かたまり》だった。
「あんたは、自分の立てた手柄まで、上の人に取られてしまうんだね。」
タエは、小声でよって来た。カンテラが、無愛想に渋り切った井村の顔に暗い陰影を投げた。彼女は、ギクッとした。しかしかまわずに、
「たいへんなやつがあると自分で睨んだから、掘って来たんだって、どうして云ってやらなかったの。」
なじるような声だった。
「やかましい!」
「自分でこんな大きな鉱石を掘りあてときながら、まるで他人の手柄にせられて、くそ馬鹿々々しい。」
「黙ってろ! やかましい!」
黄銅鉱は、前方と、上下左右に、掘っても/\どこまでもキラ/\光っていた。彼等はそれを掘りつゞけた。そこは、巨大な暗黒な洞窟が出来て来た。又、坑夫が増員された。圧搾空気を送って来る鉄管はつぎ足された。まもなく畳八畳敷き位の広さになった。
それから十六畳敷き、二十畳敷きと、鑿岩機で孔を穿ち、ダイナマイトをかけるに従って洞窟は拡がって来た。
「これゃ、この塊で、どれ位な値打だろうか。」
「六千両くらいなもんだろう。」
彼等は、自分で掘り出す銅の相場を知らなかった。
「そんなこってきくもんか、五六万両はゆうにあるだろう。」
「いや/\もっとある、十五六万両はあるだろう。」
彼等は、この鉱山から、一カ年にどれだけの銅が出て、経費はどれだけか、儲けはどうか、銅はどこへ売られているか、そんなこた全然知らなかった。それからは、全然目かくしされていた。彼等はたゞ、坑内へ這入っておとなしく、鉱石を掘り出せばいゝ、――それだけだ。採掘量が多くなるに従って、運搬夫も、女達も増員された。市三は、大人にまじって土と汗にまみれて、うしろの鉱車《トロ》に追われながら、枕木を踏んばっていた。
坑夫は洞窟の周囲に、だに[#「だに」に傍点]のように群がりついて作業をつゞけた。妊娠三カ月になる肩で息をしている女房や、ハッパをかけるとき、ほかの者よりも二分間もさきに逃げ出さないと逃げきれない脚の悪い老人が、皆と一緒に働いていた。そこにいる者は、脚の趾《ゆび》か、手の指か、或はどっかの筋肉か、骨か、切り取られていない者は殆どなかった。家にはよろけ[#「よろけ」
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