することも出来なければ、醤油屋の番頭になる訳にも行かない。しかし息子を、自分がたどって来たような不利な立場に陥入れるのは、彼れには忍びないことだった。
 二人の子供の中で、姉は、去年隣村へ嫁《かた》づけた。あとには弟が一人残っているだけだ。幸い、中学へやるくらいの金はあるから、市《まち》で傘屋をしている従弟[#「従弟」は底本では「徒弟」]に世話をして貰って、安くで通学させるつもりだった。
「具合よく通ってくれりゃえいがなあ。」と彼は茶碗を置いて云った。
「そりゃ、通るわ。一年からずっと一番ばかりでぬけて来たんじゃもの。」と、おきのは源作の横広い頭を見て云った。胡麻塩《ごましお》の頭髪は一カ月以上も手入れをしないので長く伸び乱れていた。
「いゝや、それでも市に行きゃえらい者が多いせにどうなるやら分らんて。」
「毎朝、私、観音様にお願を掛けよるんじゃものきっと通るわ。」
 源作は、それには答えなかった。彼は、息子が中学を卒業して、高等工業へ入って、出ると、工業試験場の技師になり、百二十円の月給を取るのを想像していた。

     三

 市の従弟から葉書が来た。息子は丈夫で元気が好いと書い
前へ 次へ
全15ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング