途中の土地が少し窪んだところに灌木の群があった。二人がバリ/\雪を踏んでそこへかかるなり、すぐそのさきの根本から耳の長いやつがとび出した。さきにそれを見つけたのは吉田であった。
「おい、俺にうたせよ――おい!……」
小村は友の持ち上げた銃を制した。
「うまくやれるかい。」
「やるとも。」
小村は、ねらいをきめるのに、吉田より手間どった。でも弾丸は誤たなかった。
兎は、また二三間、宙をとんで倒れてしまった。
五
倉庫にしまってある実弾を二人はひそかに持ち出した。お互いに、十発ずつぐらいポケットにしのばせて、毎日、丘の方へ出かけて行った。
帰りには必ず獲物をさげて帰った。
「こんなに獲っていちゃ、シベリヤの兎が種がつきちまうだろう。」
吉田はそんなことを云ったりした。
でも、あくる日行くと、また、兎は二人が雪を踏む靴音に驚いて、長い耳を垂れ、草叢《くさむら》からとび出て来た。二人は獲物を見つけると、必ずそれをのがさなかった。
「お前等、弾丸《たま》はどっから工面してきちょるんだ?」
上等看護長は、勤務をそっちのけにして猟に夢中になっている二人を暗に病院から出て行かせまいとした。
「聯隊から貰ってきたんです。」吉田が云った。
「この頃、パルチザンがちょい/\出没するちゅうが、あぶないところへ踏みこまないように気をつけにゃいかんぞ!」
「パルチザンがやって来りゃ、こっちから兎のようにうち殺してやりまさ。」
冬は深くなって来た。二人は狩に出て鬱憤《うっぷん》を晴し、退屈を凌いだ。兎の趾跡は、次第に少くなった。二人が靴で踏み荒した雪の上へ新しい雪は地ならしをしたように平らかに降った。しかし、そこには、新しい趾跡は、殆んど印《しる》されなくなった。
「これじゃ、シベリアの兎の種がつきるぞ。」
二人はそう云って笑った。
一日、一日、遠く丘を越え、谷を渡り、山に登り、そうして聯隊がつくりつけてある警戒線の鉄条網をくゞりぬけて向うの方に出かけて行きだした。雪は深く、膝から腰にまで達した。二人はそれを面白がり、雪を蹴って濶歩した。
獲物は次第に少くなった。半日かかって一頭ずつしか取れないことがあった。そういう時、二人は帰りがけに、山の上へ引っかえして、ヤケクソに持っているだけの弾丸をあてどもなく空に向けて発射してしまったりした。
ある日、二人は、
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