二人目の子供が、まだよく草履をはかないので裸足《はだし》で冷えないように、小さい靴足袋を買ってやらねばならない。一カ月も前から考えていることも思い出した。一文なしで、解雇になってはどうすることも出来なかった。
 彼は、前にも二三度、砂糖や醤油を盗んだことがあった。
「これでも買うたら三十銭も五十銭も取られるせに、だいぶ助けになる。」妻は与助を省みて喜んだ。砂糖や醤油は、自分の家で作ろうにも作られないものだった。
 二人の子供は、二三度、砂糖を少し宛《ずつ》分けてやると、それに味をつけて、与助が醤油倉の仕事から帰ると何か貰うことにした。彼の足音をきゝつけると、二人は、
「お父う。」と、両手を差し出しながら早速、上《あが》り框《がまち》にとんで来た。
「お父う、甘いん。」弟の方は、あぶない足どりでやって来ながら、与助の膝にさばりついた。
「そら、そら、やるぞ。」
 彼が少しばかりの砂糖を新聞紙の切れに包んで分けてやると、姉と弟とは喜んで座敷の中をとび/\した。
「せつ[#「せつ」に傍点]よ、お父うに砂糖を貰うた云うて、よそへ行《い》て喋るんじゃないぞ!」
 妻は、とびまわる子供にきつい顔を
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