ぷりで歩いている。それを見てそう思うのだ。あの顔と較べて、いつも、じろじろ気を配って歩かなければならない罪人のような俺の境遇はどうだ!
彼れらは、銭を持っていることがいらない。仕事を失う心配がない。食うものも着るものも必要なだけ購買組合からあてがわれる。俺らは、ただ金を取るために、危いことだって、気にむかないことだって、何だってやっている。内地でだってそうだ。満州でだってそうだ。ところが、彼れらは、金を取るためではなく、自分たちの生活を築きあげるために働いている。他人のために働いているんではなく、自分のために働いているんだ!
むつまじげに労働学生が本をかかえて歩いている。それだけが、もう、彼をすばらしく引きつけるのだった。
夜になると、怪我をしない郭と、若いボーイが扉のかげで立話をした。倉庫の鍵を外套から氷の上へガチャッと落した。やがて、橇に積んだボール紙の箱を乾草で蔽《おお》いかくし、馬に鞭打って河のかなたへ出かけて行った。
「あいつ、とうとう行っちゃったぞ!」
呉清輝は、田川の耳もとへよってきて囁いた。
「どうしてそれが分るかい!」
「どうしても、こうしてもねえ。あいつだってばかじゃねえからな」
呉清輝は、腹からおかしく、快よいもののようにヒヒヒと笑った。
翌朝、おやじが、あたふたと、郭を探しにはいってきた。郭の所有物を調べた。ズックの袋も、破れ靴も、夏の帽子も何一つ残っていなかった。
「くそッ! 畜生! 百円がところ品物を持ち逃げしやがった!」おやじは口をとがらしていた。
呉清輝と田川とはおやじが扉の外に見えなくなると、吹きだすようにヒヒヒヒと笑いだした。
三日たった。呉清輝は、一方の腕を頸にぶらさげたまま、起《おき》て橇に荷物を積んだ。香水、クリイム、ピン、水白粉、油、ヘアネット、摺《す》り硝子《ガラス》の扇形の壜《びん》、ヘチマ形の壜。提灯《ちょうちん》形の壜。いろいろさまざまな恰好の壜がはいったボール箱が橇いっぱいに積みこまれた。呉は、その上へアンペラを置いた。そして、その上へ、秣草《まぐさ》を入れた麻袋を置いた。傷ついた腕はまだ傷そうであった。しかし、人には、もうだいじょうぶだ、癒《なお》った、と言った。
「一人で出かけるのかい!」
田川は訊ねた。
「うむ、お前も行きたいか? 連てってやろうか」
呉清輝は、小鼻でくッくッと笑って、自分の所有物を纏《まと》めた。河のかなたへ※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1−92−56]《ずらか》ってしまうのだ。
「俺ゃ、まだ起られねえ」
晩が来ると、夜がふけるのを待たずに呉は出発した。
田川は、ベットに横たわっていた。
「気をつけろよ」
呉は出かけに言った。
「ああ」
一時間して、おやじが支那人部屋へとびこんできた。おやじは、また、郭進才の場合のように呉の床箆子の附近をさがしまわって、破った、虱《しらみ》のいる肌着が一枚丸めて放ってあるのをつまみ上げ、舌打ちをした。
「チッ! まったく、油断もすきもならん! 貴様は、こらッ、田川! ここに寝ていて呉が何をしていたか分ったであろうが!」
田川は、毛布をひっかむって眠ったふりをしていた。そして、おやじが出て行った後で声をあげて愉快げに笑った。
だが、数日の後、おやじは、別の支那人をつれてきた。保証金を取った。そして、倉庫に休んでいる品々を別の橇に積みこませた。
四
黒竜江の結氷が轟音《ごうおん》とともに破れ、氷塊《ひょうかい》は、濁流《だくりゅう》に押し流されて動きだす春がきた。
河蒸汽ののどかな汽笛が河岸に響きわたった。雪解の水は、岸から溢れそうにもれ上がっている。帆をあげた舟、発動汽船、ボート、櫓《ろ》で漕《こ》ぐ舟、それらのものが春のぽかぽかする陽光をあびて上ったり下ったりした。
黒河からブラゴウエシチェンスクへは、もう、舟に乗らなければ渡ってくることはできない。しかし、警戒兵は、油断がならなかった。税関の船着場以外へ、毎晩、支那人の舟が闇に乗じてしのびよってきた。舟は、暗い。霧がおりた流れを、上流にむかって漕ぎのぼって行く。三四丁のぼると、すきを伺って、相手の頸もとへひらりと飛びこんでくるシャモのように、舳《へさき》の向きをかえ、矢のように流れ下りながら、こちらへ泳ぎついてきた。そして、河岸へ這い上ると、それぞれの物を衣服の下や、長靴の中にしのばして、村の方へ消えて行った。
哈爾賓《ハルピン》から運ばれたばかりのものを持ちこんでいるのだ。
警戒兵は見のがすわけには行かなかった。
彼れらは、まったく手ぶらで、ただ、衣服を着けただけで上がってくる。たんなる労働者か、百姓のように見えた。ところが、上衣を引きはぐと、どこにどうしてかくしているのか、五十足の靴下が、ばらば
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