弱点を掴むことに伍長と上等兵の眼は向けられた。彼等は、犯人らしい、多くの弱点を持っている者を挙げれば、それで役目がつとまるのだ。
 事務室から出ることを許されて、兵舎へ行くと、同年兵達は、口々にぶつ/\こぼしていた。
「栗島。お前本当に偽札をこしらえたんか?」
 松本がきいた。
「冗談を云っちゃ困るよ。」彼は笑った。
「憲兵がこしらえたらしいと云いよったぞ。」
「おどかすのは、えゝかげんにしてくれ。」
 彼の寝台の上には、手帳や、本や、絵葉書など、私物箱から放り出したまゝ散らかっていた。小使が局へ持って行った貯金通帳は、一円という預入金額を記入せずに拡げられてあった。彼は、無断で私物箱を調べられるというような屈辱には馴れていた。が、聯隊の経理室から出た俸給以外に紙幣が兵卒の手に這入る道がないことが明瞭であるにも拘《かかわ》らず、弱点を持っている自分の上に、長くかゝずらっている憲兵の卑屈さを見下げてやりたい感情を経験せずにはいられなかった。主計には頭が上らないから、兵卒のところでえばっているのだ。そんな風に考えた。
「オイ、栗島。」軍医と何か打合せをしていた伍長が、扉のすきから獰猛な顔を
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