ような感じがした。
 彼等は、自分の姓名が書かれてある下へ印を捺して、五円と、いくらか半ぱの金を受取った。その金で街へ遊びに行ける。彼等は考えた。
「おや、こいつはまた偽札じゃないか。」不意に松本がびっくりして、割れるように叫んだ。
「何だ、何だ!」
「こいつはまた偽札だ。――本当に偽札だ!」
 その声は街へ遊びに行くのがおじゃんになったのを悲しむように絶望的だった。
「どれ?……どれ」
 それはたしかに、偽札だった。やはり、至極巧妙に印刷され、Five など、全く本ものと違わなかった。ところが、よく見るとSも、Hも、Yも、栗島も、同様に偽札を掴まされていた。軍医正もそうだった。

 ところが、更に偽札は病院ばかりでなく、聯隊の者も、憲兵も、ロシア人も、掴まされていた。そして今は、偽札が西伯利亜の曠野を際涯もなく流れ拡まって行っていた。…………
[#地から1字上げ](一九二八年五月)



底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
   1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2004年12月4日作成
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